4人姉妹
病院を出たボクたちは、キアの退院祝いも兼ねて、近くのファミレスで昼食を取った。
「ホンマ、無理せんで良かったんやで、先生。ウチらは先生に助けられた立場や」
目の前に座る少女、可児津 姫杏(かにつ きあ)は、クルクルと巻いた真っ赤なツインテールが特徴的な女の子だった。
そのツインテールも今は無く、黒い短髪は大きなニット帽に隠されている。
「お前はボクの教え子だ。助けるのは当たり前だし、退院できて嬉しいのも当たり前だ」
「先生ホンマ、おおきにやで」
ポロポロと、涙を流すキア。
「なんや、キア姉。しんみりしとんなぁ」
「らしくないん、ちゃうかぁ?」
キアとシアの双子の妹である、ミアとリアが偉そうに言った。
「うっさいわ、アホ。しっかし、だいぶ勉強も遅れてしもうたな。それにバンドも、出来る限り早う再開せんとアカンな」
ハンバークを食べながら、今後の予定を羅列するキア。
「そうですよ、姉さん。わたしや姉さんが入院してる間にも、ファンのみなさんから励ましのメールやSNSが届いていたんです」
シアが姉に、自分のスマホを見せる。
「マジか。こんなにようさん……」
「キア姉、また泣いとるで」
「オトンにシバかれて、涙腺ゆるのうてもうとるんちゃうか?」
「ミア、リア、シバくでぇ!」
お怒りモードのシアが、ギロリと妹たちを睨んだ。
「じょ、じょーだんや、シア姉」
「か、かんにんやでェ~!」
シアにこめかみをグリグリされる、双子姉妹。
「ミアとリアの言う通りやな。いつまでも泣いとっても、しゃ~ないわ」
「それじゃあ、姉さん……」
「いよいよ、チョキン・ナーの、復活やァ!」
ハンバーグが刺さったフォークを、高らかに掲げるキア。
「あ……」
フォークがキアの右手から抜け落ち、テーブルに転がった。
「なにしとんねん、キア姉!?」
「ハンバーグが、落っこちてしもうたで?」
「大丈夫か、キア。まだ、調子が悪いんじゃないのか?」
「ス、スマンな……なんや右手の握力が、弱なってしもうてな」
「そ、そんな、姉さん!?」
「ちょっと、それホントなの?」
ユミアも心配して、声をかける。
兄を病気で失った彼女にとっては、気が気でないのだろう。
「心配せんでも大丈夫や。弱のうとるだけで、完全に無くなったワケちゃうからな」
「でも、ピックを持つ方の手やろ?」
「そんなんで、ギター弾けるんか?」
「リハビリで、どこまで戻るかやなァ」
「わたしは……オトンを許せへん!」
シアが、標準語と関西弁を混じらせ言った。
「せやな。オトンがあんなコト、せーへんかったら……」
自分の右手を見つめる、キア。
「やっぱキア姉も、シア姉も……」
「オトンが嫌いなんかぁ?」
「当たり前やわ。大っ嫌いや!」
「でもな、シア。ウチらに音楽を教えてくれたんは、オトンやねんで」
キアは妹たちに、優しい笑顔を見せた。
「それは……そやケド」
「ウチのギターは、オトンに教わったモンや。シアのドラムや、ミアとリアのリズムギターとベースも同じやろ?」
「まあな、キア姉」
「昔はよう、オトンの膝の上でギター鳴らしとったわ」
「でもオトンは、それを壊してしもうたんや。仕事を無くしてお酒に溺れて、オカンも愛想つかして出て行ってしもうたわ。ウチらに暴力振るうようになって、姉さんの腕まで……」
顔を押さえて泣く、シア。
「ねえ。彼女たちの父親って?」
ユミアが小声で、聞いて来た。
「キアたちの父親はかつて、専門学校で音楽の教師をしていたんだよ」
「そうなの。でも、どうして職を?」
「教育民営化法案が施行されて、多くの教員が職を失った。専門学校は、若く優秀な音楽教師を雇い入れ、替わりにキアたちの父親は……」
「そう……なの」
「なあ、シア。オトンとの関係は、戻せん思うとるか?」
「……はい。壊れたモンは、簡単には戻せへん」
するとキアは、シアをギュッと抱き寄せる。
「ウチも同じやで。オトンがビール瓶で、粉々に砕いてしもうたんや。二度と、戻れへんわ」
「せ、せやな。オトン、警察に捕もうてしまったし」
「オトンとはもう、二度と……」
ミアとリアも、いつもの元気は無かった。
「戻せへんなら、もっかい新たな関係を築くまでやで!」
キアは、アッケラカンと言ってのける。
「つ~ま~り~は、ウチらでオトンの再教育を、せにゃならんっちゅ~ワケや」
「さ、再教育かぁ?」
「ウチらが、オトンの?」
「あの、ど~しようも無い中年オヤジや。骨が折れる作業やでェ」
「ね、姉さん!?」
「シアにもぎょ~さん、協力して貰うで」
「は、はい」
シアの顔にも、笑顔が戻った。
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