笑いのツボ
ローテンポのバラード曲が、一転して激しいハードロックへと変った。
「チョーキ、チョキチョキ、チョッキン・ナーーーーーーーー!!!」
キアのギターが刻む痛快ビートが、会場を否応なしに盛り上げる。
「あの時と同じだ……でも、規模は段違いだな」
卯月さん、花月さん、由利さんの三人の女子高生に連れられて、ボクが4人姉妹のライブを始めて見たのは、オフィスビルの地下にある小さなライブスタジオだった。
「少し前までは、50人くらいのライブスタジオでライブしてたモンな。それでも、来場したお客さんを喜ばせていたのを見て、凄いと思ったんだ」
キアとその妹である、シア、ミア、リアの奏でるパワフルなロックは、アイドルを見に来た客がメインの観客席であっても、熱狂させてしまう十分なパワーを持っていた。
「キャンさーーーん、最高!」
「ビッグになんの、信じてたでーー、キャン!」
会場にも、姫杏(キア)をキャンと呼ぶ古くからのファンも、詰め掛けているらしい。
「そう言えば卯月さんたちも、キャンって呼んでいたな。もしかしたら、この会場のどこかで声を上げているのかも。彼女たちのような熱狂的ファンが、これから増えそうだ」
ボクは思わず、感慨にふけっていた。
キアたちの父親は、教育民営化法案によって職を失ってしまった。
音楽好きで、娘たちに音楽の楽しさを教えた父親。
そんな父親から、音楽を教わった娘たちが、今こうしてビッグなステージに立っている。
普段はお淑やかを装っているシアが、激しくドラムセットを打ち鳴らしていた。
お調子者の双子の女のコ、ミアのリズムギターと、リアのベースが背中を合わせてリズムを刻む。
「クライマックス、チョッキン・ナァアァアァーーーーーーーーッ!!!」
キアのシャウトが、チョッキン・ナーのメジャーデビュー1曲目を締めくくった。
「みんな、今日は来てくれて、ホンマおおきに。チョッキン・ナーのメジャーデビューも、こない早ようやれるとは、思っとらんかったで。なんせオトンに殴られて、こないなってしもうたさかい」
ギターピックを、ズボンのポケットにしまい、真っ赤なショートヘアの頭を掻くキア。
会場から、ドッと笑いが起きる。
「人の不幸を笑うなんて、あんまりだわ!」
確かにユミアの言う通り、キアのケガはとても笑える状況では無かった。
「それは違うよ、ユミア。キアは、自分の不幸さえネタにして、みんなを笑わせたんだ」
かつてキアたちの家を訪れたボクは、実の父親から暴力を受け血まみれ状態のキアとシアを、冷蔵庫の中から発見する。
ボクは救急車を呼び、4人姉妹の父親を警察に引き渡した。
「で、でも、先生だって、あんな状況のキアを見たら……」
「ああ。でも観客の殆どにとって、事件は身近じゃないんだ」
職を失い酒におぼれた父親の、起こした事件現場は凄惨を極める。
とくにキアは頭に重大な傷を負い、命すらも危ぶまれる状況だった。
「そんじゃ、メンバー紹介行くで。アイドルファンの皆ハンには馴染みないかもやケド、ロックバンドはメンバー紹介を挟むんや」
手術は無事に成功し、キアも元気にステージに立っている。
「まずはリズムギター、ミア。ベースの、リア。2人は双子で、ウチのカワイイ妹や!」
キアの紹介と同時に、スポットライトが双子姉妹を捉えた。
「キア姉のカワイイ妹、ミアやで!」
「同じく、リアや。皆ハン、ホンマよろしゅうな!」
2人はヴォンヴォンと、それぞれの楽器を鳴らす。
「次は、ドラムゥ。ウチら4人姉妹の、影の首領(ドン)、シア!」
キアの紹介と共に、ドラムセットが異常に激しく打ち鳴らされた。
「シアです。姉さん、あとで少しお話がありますわ」
ニコやかな笑顔を、姉に向ける妹。
「じょ、冗談やないか、シア。イッペン落ち着こな」
慌てるキアの姿に、会場から笑いが起きた。
「流石は、大阪出身ね。笑いのツボを、心得てるというか……アハハ」
ユミアも、いつの間にか笑顔になっている。
「そうだな、大したモンだ」
ボクは、心からそう思った。
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