9人の娘たちは、岩山の中にできた泉のような場所から、次々に水の中へと入って行く。
セノーテの中を、まるで人魚のように泳ぐ娘たち。
「夢の中にあった、光景とそっくりだ」
セノーテを泳ぐ少女たちは、ショチケ、マクイ、チピリの3姉妹よりは多少幼かったが、親たちの美しさにあと僅かばかりと言った身体をしていた。
9人の娘たちは、岩山の中にできた泉のような場所から、次々に水の中へと入って行く。
セノーテの中を、まるで人魚のように泳ぐ娘たち。
「夢の中にあった、光景とそっくりだ」
セノーテを泳ぐ少女たちは、ショチケ、マクイ、チピリの3姉妹よりは多少幼かったが、親たちの美しさにあと僅かばかりと言った身体をしていた。
教壇かれ見える景色とは、まるで異なる異様な風景。
何万もの観客たちの顔が、ボクと久慈樹社長しか居ないステージに向けられていた。
「彼は、天空教室の名付け親でもあり、最初に天空教室の教壇に立ったのも彼でした」
隣に立つボクのプロフィールを解説する、久慈樹社長。
「その後、各教科の専門の教師とも契約しましたが、天空教室の担任教師は彼なのです」
紹介され、丁寧に頭を下げるボク。
ステージにそぐわない挨拶だったからか、笑いが起きてしまった。
「まあこの通り、純朴な男でね。個人的に、彼の性格は嫌いでは無いんだ」
ボクからは見えなかったが、ボクの顔が後ろの塔のガラス面に、様々なアングルから映し出される。
「クッソ。レフェリーが余計なところで笛を吹かなけりゃ、同点に出来ていたモノを」
ランスさんが、ベンチに引き返しながら文句を言っている声が聞こえる。
「前半、彼は無得点だったからな。この調子で、抑え込めればイイんだが」
ランスさんの決定機を阻止した、オリビさんが言った。
「残念だがオリビ。ウチのチームに、相手の攻撃を防ぎ切る守備は無い。相手より1点でも多く、得点を上げるのを優先しよう」
ロランさんは、より攻撃的な案を示す。
「それが現実的か」
ベンチで顔をタオルで吹きながら、オリビさんが納得した。
「いいえ、オリビ。現実的なのは、やはり守備を意識することだと思いますよ」
1人の男が、反論した。
彼は青いビブスの左サイドバックで、23番の背番号を付けている。
「もしかしてキミは、土御門 鈴鳴(つちみかど リナル)か?」
「なんだ、オリビ。知っているのか?」
「覚えて無いか、ロラン。浜松のチームで10番を付けていた、司令塔のエースだ」
「そうですよ、オリビ。キミやロランの居た沼津のチームとは、去年は何度もやり合ったね」
どうやらオリビさんも、最初は気付いて無かったみたいだ。
「思い出したぞ。1年前とは、かなり雰囲気が変わったんじゃないか?」
「フフ。プロのチームにスカウトされたとは言え、目立たなきゃ使って貰えるか怪しくてね」
リナルさんは、青黒いストレートのロングヘアをしていた。
「だったら、オレも覚えていねェか?」
今度は、右のサイドハーフのポジションでプレイしていた選手が、名乗りを挙げる。
「も、もしかして、降津 悪汰(こうつ ワルター)か?」
「そうだぜ、ロラン。久しぶりだな」
27番を背負ったワルターさんは、ロランさんの首にヘッドロックを掛けた。
「イデデ。お前、なんだその頭。ぜんぜん、ワルターって解らなかったぞ」
「イメチェンってヤツよ。やっぱプロは、目立ってなんぼってな」
イメチェンしたワルターさんの頭は、中央に真っ赤なモヒカンがあって、その両脇にもオレンジ色の小さなモヒカンがある。
元の髪型がどんなだか知らないケド、試合前から明らかに目立っていた。
「なんだ、お前たち。ロランの知り合いなのか?」
「ええ、イヴァンさん。彼らは去年、ウチのチームと戦った対戦相手のエースですよ」
「リナルは、ボランチとして中盤の底から、前線にボールを配球してましたね」
「でも今は、左サイドをやっているんですよ」
オリビさんの説明を、リナルさんが訂正する。
「慣れないポジションで、大変じゃねェか?」
「そんなコトはありませんよ、イヴァンさん。今はサイドバックが、ゲームを作る時代ですからね。楽しんで、やれてますよ」
「ソイツァ、頼もしい限りだ。オレへのパスも、任せるわ」
「善処しましょう、イヴァンさん。オリビ、左サイドは遠慮なくオレを使ってくれ」
「ああ、リナル。そうさせて貰うよ」
「ワルターは、本名は芥汰(あくた)って言うんだったよな?」
「そうそう、ロラン。ガキの頃に周りから、芥汰を悪汰って呼ばれちまってよ。そっから、ワルターなんてあだ名になっちまったんだ」
「コイツは、焼津のチームのエースストライカーで、去年はガンガンに点を決めてくれてたんだ」
「お前らのチームからも、5点くらいは取ったっけか」
「ああ、厄介な相手だったぜ。だけど、サイドハーフになったのか?」
「仕方ねェだろ。前線は、イヴァンさんとランスさんって言う、実績のあるストライカーが並んでんだからよ。それにオレは元々、右サイドに展開して点を決めてたかんな」
リナルさんと、ワルターさん。
去年、ロランさんやオリビさんの所属していた沼津のチームの、ライバルとして立ちはだかった2人。
「これは壬帝オーナーに、感謝しないといけないな、オリビ」
「ああ、ロラン。オーナーのスカウトセンスには、間違いはないようだ」
再びピッチに脚を踏み入れる、背番号10番と7番。
その後を追って、背番号23番と27番の数字の大きい背番号の選手が続いた。
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島の南部の難所を抜けた3隻の船は、なんとかクレ・ア島の港に接岸するコトに成功する。
ティンギス船長が、碇(いかり)を降ろしてタラップを掛けようとしていると、槍で武装した役人らしき集団がやって来た。
「キサマたち、商人か。我が国の、交易の許可は取っているんだろうな」
いかつい顔の隊長らしき人物が、高圧的な態度で告げる。
「モチロンですぜ。ですがアッシはただの日雇い船長なんで、船団の主を呼んで来やす」
「さっさとしろ。こっちも、ヒマでは無いのだぞ」
普段より謙(へりくだ)った物腰の船長が、船の中へ消えた。
直ぐに青い髪をした少年が、漆黒の神の少女を伴ってタラップを降りて来る。
「なんだ。まさかこんな子供が……」
「3隻の中型船の主と言うワケでは、あるまいな?」
「いえ、ボクが船団の主です」
「こう見えて、ご主人サマはやり手でのォ。ヤホーネスでは湖の畔に、自分の商品である武器などを売る街を、建設中なのじゃ」
ルーシェリアは、レーマリアが発行した商権の登録書を見せた。
「因幡 舞人……お前たちは、ヤホーネスの商人か」
「レーマリア女王、直筆の登録書ではないか」
「しかし、その歳で街を築く財を得るなど、にわかには信じられん」
そう言いつつも、役人たちの高圧的な態度も、いく分か和らぐ。
舞人やルーシェリアは、港に隣接した税関の区画の、商人ギルドに通された。
「積み荷は、食料品と医薬品。武器では、無いのですね」
受付の若い女性が、舞人たちが提出した書類に目を落としながら確認する。
「いずれはこの国とも、武器を商(あきな)ってみたいのじゃがな。武器ともなれば、軍に性能や品質を証明せねばならぬし、まだ少しばかり先の話じゃ」
ルーシェリアの機転を利かした話術は、商人ギルドに信用され1週間の滞在許可を得る。
書類審査を終えた一行は、荷下ろし作業をする3人の船長に挨拶したあと、街の宿に向かった。
「うわあ、お布団。フッカフカ」
「部屋も、山の村とは比べものにならないくらい、キレイです」
豪華な部屋にはしゃぐ、ルスピナとウティカ。
「ホントに、キレイな部屋だね。ウチのみすぼらしい教会とも、大違いだ」
舞人も、荷物をサイドテーブルに置いて、ソファに座る。
「お気に召していただき、なによりです」
わざわざ部屋まで来ていた宿の主が、仰々しく頭を下げた。
「それにしても、このラビ・リンス帝国と言う国は、豊かで素晴らしいのォ」
ルーシェリアの眺める窓の外には、紺碧の海が見えて、白い四角い建物の並んだ港町が眼下に広がる。
市場には商品が溢(あふ)れ、港には巨大な商船が何隻も並んでいた。
「はい。我らが帝国はミノ・リス王の指揮の元、北方のミュケーナイ連合との戦争に勝利し、毎年貢物を差し出させておるのです。今年も、もう直ぐ貢物を乗せた船団が、やって来るコトでしょう」
「1週間の滞在を予定しているのですが、他国人であるボクたちも、見るコトはできますか?」
「ええ、問題は無いかと。予定では3日後となっておりますので、当日にお知らせしましょう」
宿屋の主は、ふたたび遜(へりくだ)って出て行った。
「軍事国家と聞いて最初は緊張したケド、そこまで独裁的な感じはしないね」
舞人は、ルーシェリアの見ていた窓とは、違う窓から顔を出す。
「表向きはのォ。我らは彼奴(きゃつ)らからすれば、他国人じゃ。早々に、本性を見せてはくれんよ」
「そんなモノか……まあ、そうだよね」
下に見える、路地を眺める舞人。
その脇から、2人の少女の頭が顔を出した。
「ねえ、青き髪の勇者サマ」
「外を見て来ても、いいですか?」
ウティカとルスピナは、舞人の顔をつぶらな瞳で見上げていた。
「舞人でいいよ。それじゃ、いっしょに行こうか」
「はい、舞人さま」
「早く行こォ」
2人の少女たちは、舞人の手を取って駆け出した。
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夢の中で、ボクはドス・サントスの3人の娘たちと、交わった。
冷たいセノーテの水の中で、ショチケ、マクイ、チピリたちと身体を重ねた感触は、本当に夢だったのかと疑ってしまうくらいに現実的(リアル)だった。
「オヤジはさ。今まで、どこほっつき歩いてたんだ」
「ウチの母親たちは、メチャクチャ苦労してウチらを育ててくれたんだ」
「3人とも、10年前のセノーテの崩壊事故で、死んじまったケドね」
ボクとショチケの娘である、セシル、セレネ、セリス・ムラクモの3人が、ポソレやセビージェを食べながらなにくわぬ顔で言った。
母親と同じで、やる気は無いものの、やるコトはやると言った感じだ。
「そうだな。1000年の眠りに就いたあとは、火星の衛星であるフォボスの地下採掘プラントで目覚めて、それから木星圏の企業国家の紛争に巻き込まれた。火星に戻って、時の魔女による大虐殺を目の当たりにして、ミネルヴァさんと一緒に地球の元日本に降下したんだ」
ボクは今、セノーテ・ショッピングモールの中間階層くらいにあるフードコートで、9人の娘たちお奨めのメキシコ料理を堪能している。
グルメでは無かったボクにとっては、タコス以外は知らない料理ばかりが並んでいた。
「それ、マジで言ってんの?」
「ウチらの母親たちとの、接点が無いんだケド?」
「いつ、関係を持ったのさ?」
「夢の中かな」
ボクはマレナ、マイテ、マノラ・ムラクモの3人に、辻褄(つじつま)の合わない事実を告げる。
「ふざけんなよ、オヤジ」
「ようするに、関係は持ってないってコトか?」
「そっちかァ。一応、予想の範疇(はんちゅう)ではあるがね」
ボクとマクイの娘たちは、母親と同じようなドライな反応を見せた。
人工子宮が存在する時代の親子関係は、1000年前とは比べものにならないくらいに、混沌としているのだろう。
「それじゃオヤジは、寝ている1000年の間に精子を抜き取られたのか」
「どんな経緯か知らないケド、それをウチらの母親が使ったんだな」
「……ってコトは、オヤジはまだ女を知らない?」
3姉妹の末っ子だったチピリの3人の娘である、シエラ、シリカ、シーヤ・ムラクモ。
母親の遺伝子を受け継いでいるのか、悪戯っぽい小悪魔的な瞳をボクに向けた。
「女を抱いたと言える、確実な記憶は無いな。でも、宇宙にも60人の娘が居るんだ」
娘たちの前で、明らかに間違った方向に強がって見せるボク。
「オイオイ、マジかよ」
「60人って、オヤジの遺伝子はそんなに魅力的なのか?」
「ちなみにソイツら、ウチらより年上?」
「イヤ。見た目は10歳くらいだから、年下に見えるな。ただ、ボクと同じでコールド・スリーパーみたいだから、実際には年上ってコトもあり得るよ」
それからボクは、娘たちによる更なる質問責め受けた。
ボクにとては、一応は遺伝的につながりのある娘たちである。
質問に答えるのは大変だったが、互いに解かり合えるのは嬉しくもあった。
「そうだ、オヤジ。これからセノーテに、泳ぎに行かないか?」
「地下のセノーテは、貯水槽であると共にプールでもあるんだ」
「ま、底にはご先祖サマたちが、眠ってんだケドよ」
「日本人の感覚とは、かなりかけ離れているな。飲料水として利用すんのに、泳いで構わないのか?」
セシル、セレネ、セリスの3人の質問に、質問で答えるボク。
「今の浄化システムなら、なんの問題も無いさ」
「下水すら、真水にしちまうんだからね」
「それに、ミネラルやら色んな栄養分が豊富だよ」
マレナ、マイテ、マノラの3人は、科学的見地から答えた。
納得したボクは、娘たちに最下層にあるセノーテに連れて行かれる。
「んじゃ、さっそく泳ぐよ」
「あそこの岩山の泉が、セノーテへの入り口なんだ」
「中は、酸素量が豊富な水でね。泡も発生させてるから、呼吸もできるんだ」
9人の娘たちは、なんの躊躇も無く服を脱ぎ始める。
「お、お前たち。こんな人目の多いところで、裸になるなんて……」
「ヘッヘー、残念でしたァ」
「下に水着、来てますゥ」
「オヤジったら、慌て過ぎなんだって」
シエラ、シリカ、シーヤの3人娘は、ケラケラと笑いながらボクをからかった。
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暗がりとなったドーム会場の、天窓から差し込む木漏れ日の中に、少女の影(シルエット)が現れる。
それは人工知能として生み出された、レアラとピオラの2人だった。
『本日は、ゲリラライブに集まっていただき、まずは感謝をするわ』
『実は今日のライブは、2部構成にわかれているのよ』
場内アナウンスのときと比べ、観客に対し少し高圧的な2人。
デビューライブの、禍々しい悪魔の衣装とは異なり、今は鮮やかな白いドレスを着ている。
ドレスは左右非対称なデザインで、所々が赤みがかった透明になっていて、内部の肌が透けている。
『ライブに先だって、久慈樹社長から話があるのだそうよ』
「人間の社会では、社長の長話は嫌われるのだそうね。手短に、済ませてちょうだい』
2人のウィットに富んだトークに、笑いが起きる。
「そうだぜ、社長さんよ。手短に、頼むわ」
「オレたちは、アンタの長話を聞きに来たワケじゃないからよ」
「ユークリッド・ディーヴァ(女神)の、ライブを見に来たんだからな」
「ヤレヤレ、あの2人にも困ったモノだね」
ボクに向かって、肩を竦(すく)めてみせる久慈樹社長。
重い腰を上げ、再びライブステージ中央にそびえる、ガラスの塔の袂に向かって行った。
「皆さん、ようこそ……と言うのは抜きにして、手短に話そうか」
塔のガラスに、久慈樹社長の様々なアングルからのカットが映し出される。
「今日のゲリラライブの趣旨は、『テスト』だ」
社長の突然の表明に、観客席は静まり返った。
「キミたちの応援しているアイドル達には今日、歌を歌って貰うのではなくテストを受けて貰う」
騒めき始める、観客席。
ボクや生徒たち、久慈樹社長の間では明示してあった契約内容も、ファンの人々にとっては今初めて示される内容なのだ。
観客たちは、互いに顔を見合って意見を交わしていた。
「皆さんもご存じの通り、ユークリットは教育動画を最初のコンテンツとして世の中に提供し、それが世間に受け入れられて今の地位を得たのです。既存の義務教育を破壊したのは、我々と言っても過言では無いでしょう」
ガラスの塔に、今までユークリッドがアップした様々な教育動画が流れ始める。
その中には、アイドル教師ユミアの笑顔もあった。
「そのユークリッドが、半年ほど前に新たに始めたコンテンツの1つが、天空教室と呼ばれるモノです。天空教室は、既存の義務教育のような教室に生徒を集め、先生が教壇に立って授業をする形式でした」
ガラスの塔の表面は、今度はボクや枝形先生、マーク先生ら、ユークリッドの教師たちが授業をする風景に切り替わる。
自分で認めるのも問題かも知れないが、どことなく前時代的な映像にも見えてしまった。
「ではナゼ、ユークリッドは既存の義務教育のような動画を流したのか?」
集まった観客たちに問いかける、久慈樹社長。
「それな。オレも前々から、不思議に思ってたんよ」
「なんで教育動画をネットで流してるユークリッドが、今さら義務教育みてェな動画流すのかってな」
「それそれ、ネットでも話題になってたよね」
観客席から聞こえて来る声は、予想通りのモノだった。
ボク自身もその答えに疑問を持ち、社長本人に直接聞いてみたいとすら思っている。
「今、彼女たちはアイドルも兼任して貰っているワケだが、本職としては天空教室の学生なのだよ」
久慈樹社長は、ボクに視線を向ける。
ステージに、上って来いと言わんばかりだ。
「ここで、逃げるワケにも行かないか……」
ボクは意を決して席を立ち、ステージに続く道を歩き始める。
「そして彼が、彼女たちを指導する先生。名を……」
白い花火が道の左右から吹き上がり、久慈樹社長の声すら打ち消してしまった。
久慈樹社長の、横に並ぶボク。
振り返ると、何層ものドームの席を埋める観客たちの姿が、そこにあった。
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左サイド側から、ペナルティエリア中央へと侵入する、オリビさん。
ボクに付いて来たヴァンドームさんと、イヴァンさんをマークするヴィラールさんの間に割って入る。
「また間を抜く気か。やらせねェ!」
左サイドに流れたヴァンドームさんが、ボクのマークを外して中央をカバーしに走った。
同時にボクは、右サイドバックのべリックさんにマークされてしまう。
「見事なスライドディフェンスだね。だが、もう遅い!」
オリビさんは、ヴァンドームさんが戻るより早く、キーパーと1対1を迎えた。
「ヴォーバン!」
イヴァンさんのマークを外せないヴィラールさんも、キーパーに任せるしか選択肢がない。
「そう何度も、決められるかよ!」
腕を左右に大きく広げ、シュートコースを狭めながら近づこうとするヴォ―バンさん。
それが、裏目に出た。
フワリとボールを浮かせる、オリビさん。
ボールはキーパーの頭上を越え、ゴールネットを小さく揺らした。
「よし。ナイスゴールだ、オリビ!」
ループシュートを決めた盟友に、駆け寄り抱きつくロランさん。
「喜ぶのは試合が終わってからだ、ロラン。最終的にウチが壬帝オーナーのチームより、1点でも多く取っていない限りなんの意味もない」
「相変わらず慎重派だな、オリビは」
「お前が楽観主義なだけだろう。さっさと、守備に戻るぞ」
「りょーかい」
幼い頃からコンビを組んで来たと言う、オリビさんとロランさん。
気心の知れた2人は、なんでも言い合える仲なんだろう。
思えばボクには、コンビを組んだ盟友なんて存在しなかったな。
そりゃ誰とも喋らなければ、とうぜんそうなるんだケド。
再びボールはセンターサークルに戻され、今度は相手ボールでゲームが始まる。
「ロラン、今度はヴィラールさんが出て来たぞ」
「オレが付く。ヴィラールさんの方が、ヴァンドームさんより展開力があって厄介だ」
相手センターバック2枚のうち、今度はヴィラールさんが出て来た。
技巧派のヴァンドームさんと違って、中盤に上がってゲームメイクをするタイプのリベロだ。
「アナタに、ゲームメイクはさせませんよ」
「そうかい、若き将軍(ジェネラル)。だったら、他に頼もう」
ヴィラールさんは、華麗なヒールキックでボールを右サイドバックに渡す。
ベルナール・フィツ・べリックさんがボールを受け取り、左のライン際を疾走し始めた。
日本に帰化申請をし、受託された元フランス人は、旧知の仲だった壬帝オーナーの要請で、3人のフランス人をチームに連れて来る。
……も、戻らないと、マズい気がする。
イヤな予感がしたボクは、フォワードとして前線に貼ったポジションから、左サイドに急いだ。
「中々に、素早い判断だ。だが、キミが追い付くまで待っている気は無いんでね」
コーナーポストよりかなり手前で、クロスを上げるべリックさん。
ぜ、ぜんぜん、間に合わない。
ランスさんに、ボールが……!
正確なキックを繰り出すと評判の魔法の左脚が、アーリークロスをペナルティエリアに放り込んだ。
青いビブスの最終ラインから、オフサイドを見極めながら抜け出すランスさん。
「ナイスクロスだ、べリック。まずはこれで、あの野生児に追いつける」
ボールは、この近代的サッカーの申し子のようなフォワードの頭に、合うかに見えた。
「やらせない……」
けれどもその手前で、オリビさんがジャンプする。
べリックさんのピンポイントクロスは、オリビさんのヘッドでゴールバーの上にクリアされてしまった。
「クソッ、オリビめ。余計なマネしやがって」
「べリックさんがアナタに合わせるのは、読めてましたからね」
「だが、まだコーナーがある」
苛立つランスさんが、コーナーキックを要求する。
けれどもその時、前半終了の笛が鳴らされた。
「な、なんだと。コーナーの前に、笛を鳴らすのかよ」
憤(いきどお)る、ランスさん。
30分ハーフの紅白戦は、ハーフタイムに突入していた。
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