英雄と天馬と魔獣少女
「キュマァァ~。よく寝たァ」
「あ、ベレ・ロさまだキュマァ!」
「おはよ~キュマァ!」
生まれたばかりの三人の少女たちは、1つの魔獣(キュマイ・ラー)だった頃の主である、ベレ・ロ・ポンティスにすり付いた。
「ま、まさかとは思いますが、この少女たちがキュマイ・ラーだと言うのですか!?」
困惑を顔中に広げたベレ・ロ・ポンティスは、3人の魔獣少女を抱き上げる。
「オイ、どうなっている。本当にソイツらが、お前の魔獣なのか?」
普段は鷹のような鋭い眼光をしたレオ・ミーダスが、気の抜けた眼を向けた。
「どうやら彼女たちが、キュマイ・ラーで間違いはないようです。まさかかの者の剣は、魔物を少女に変えてしまう能力とは……」
「なあ、ベレ・ロさまキュマ」
「アタシたちの名前って、なんだキュマ?」
「ないんなら、付けて欲しいキュマ!」
「ハァ? なんでお前たちの、名前など。お前たちは、キュマイ・ラーでしょう」
「それじゃ、わかりづらいキュマ!」
「ちゃんと真剣に、考えてキュマ!」
「そうじゃなきゃ、実力行使キュマ!」
ライオンのタテガミを持った少女は小さな炎を吹き、ヤギの角を持った少女は金切り声を上げ、ヘビのシッポを持った少女は毒の息を吐く。
「わ、わかりましたから、止めなさい。し、仕方ありませんね……」
ベレ・ロ・ポンティスは、顎(あご)に手を当てしばらく考え込んだ。
「ライオンがキュレオ、ヤギがキュカプ、ヘビがキュオピュ。イイですね!」
赤銅色のカールした髪の少年は、強引に押し切る戦略を取る。
「なんか、テキトーじゃんキュマ?」
「でもまあ、ないよりイイキュマ」
「それで手を打つキュマ」
「お、お前たち、そんな性格(キャラ)だったのですね」
呆れ顔の、ベレ・ロ・ポンティス。
「良かったのォ、ご主人サマよ。名前を考えてやる手間が、省けたの」
「ル、ルーシェリア。人事だと思って!」
舞人は、恨めしそうな眼で、漆黒の髪の少女を見た。
「フゥ、いささか興が削がれました。わたしは、これで……」
キュレオ、キュカプ、キュオピュを抱えた少年は、片手を挙げる。
すると天からいななきが木霊(こだま)し、真っ白な天馬が姿を現わした。
「アレは、ペガッソスでは無いか。ヤツめ、魔獣以外にも天馬まで手懐けておったのか」
天馬の出現に、驚くルーシェリア。
「ベレ・ロ・ポンティス、仕事はまだ終わってはおらぬぞ!」
天馬に乗って去ろうとする戦友を、レオ・ミーダスは引き留めた。
「わたしは元々、アナタ達の仲間と言うわけではありません。故郷で要人(ベレ・ロ)を殺め、逃亡中のわたしをかくまってくれた恩義は、今の戦いにて果たしたでしょう」
ベレ・ロ・ポンティスは、3人の少女を抱えたまま、天馬の手綱を引く。
「フン。去りたければ、去るが良い。志(こころざし)を持たぬ者とは、共には戦えぬ」
戦友に背を向ける、レオ・ミーダス。
「レオ、アナタのコトは嫌いではありませんでしたよ。では、ご武運を」
ペガッソスは、いななきと共に純白の翼を広げた。
大きく天に飛翔し、1瞬で空の彼方へと消える。
「ベレ・ロ・ポンティス……1体、何者だったんだ」
「ご主人サマと同じ、英雄と呼ばれた男じゃよ」
「英雄……ベレ・ロ・ポンティス……」
ルーシェリアに教えられた舞人は、空の彼方を見上げていた。
「まあ良い。拙者たちの戦いの目的は、大方果たされた」
意外にもレオ・ミーダスは、剣を鞘(さや)へと納める。
「何じゃ、お主。負けを、認めるのかえ?」
「フッ。このクレ・ア島の状況を見て、よくそんな台詞が吐けるな」
レオ・ミーダスの言う通り、島の中央の丘にそびえる闘技場からは、あらゆる方向から炎や黒煙が立ち昇っているのが確認できた。
「ペイト、引き上げ時だ!」
「チッ、しゃ~ねェな。コイツとの決着も、まだだってのによ!」
ミノ・テリオスとの死闘を繰り広げていた、ペイト・リオットが答える。
「もう直ぐ、日が沈む。拙者たちの戦争は、まだ始まったばかりだと言うコトを、覚えておけ!」
レオ・ミーダスは、舞人に鷹のような鋭い眼光を向け、去って行った。
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