反乱の終焉
「ブリューナクの発動によって破砕され、動くかどうかの機体で……」
ボクはゼーレシオンの大きな眼で、ヘクト・ライアーを見た。
「デイフォボス代表。貴方は……」
崇拝する女神を守るために、ブリューナクの光球の前に飛び込んだ黒き英雄。
その漆黒の機体は無残に切り裂かれ、微動だにしなかった。
「オイ、油断するなっつってんだろうが。見ろ、アルティミア・カリストーはまだ動けるぞ」
ゼーレシオンの頭の中に、プリズナーの声が響く。
「ホ、ホントだ。こっちでも、ゼーレシオンの視覚を共有してるが」
「み、見て。コックピットのハッチが……」
「アイツまさか、生身で戦う気なの!?」
真央やヴァルナ、ハウメアが指摘した通り、アルティミア・カリストーのハッチが開き、中から狩りの女神が姿を現した。
「たぶん、心配ないですよ」
セノンの優しい声がする。
「どうしてそんなコトが、解かるんだよ?」
「マケマケは解らないですか。子供ですねェ」
「お前に言われたかねえよ!」
ゼーレシオンの折れた触角に、『ヒ~ン』と言うセノンの悲鳴が伝わって来た。
「真央、セノンの言う通りだと思うぞ。ホラ……」
ボクはゼーレシオンのカメラアイを、ズームする。
「な、何をしてるんだ。イーピゲネイアは……」
アルティミア・カリストーから這い出した狩りの女神は、動かなくなった漆黒の機体のコックピットハッチを、必至に開けようとしていた。
「デイフォボスさんを、助けようとしているんですよ」
「な、なんでだ。アイツは人間を憎み、殺そうとして……」
「今の2人は、互いに想い合っているのです」
人間とアーキテクターの間の、不可思議な愛のカタチ。
それは真央だけに限らず、当の本人たちですら互いの行動を理解できなかった。
「まったく、貴方の行動は理解に苦しみます。何故そうまでして、アーキテクターであるこのわたくしを、助けようとしたのですか」
美しい顔を真黒に汚し、繊細な腕でハッチを引き千切る女神。
「電子的に完全に沈黙しているからって、強引だな……」
「それだけ彼女も必死なのさ、真央」
女神はヘクト・ライアーに転がり込むと、血まみれの黒き英雄を抱いた。
「わたくしの、負けです……群雲 宇宙斗」
2人にどんな過去があって、どんな思い出を共有したかボクは知らない。
けれどもそこには、人間とアーキテクターの関係を超えた、深い絆があるようにも思えた。
「潔く、宇宙の藻屑となりましょう」
デイフォボスを抱え出し、アルティミア・カリストーへと乗り移った狩りの女神。
「あ、パパ。ハッチが閉じちゃうよ?」
「アイツ、逃げる気だ!」
60人の可愛い娘たちが、叫んだ。
アルティミア・カリストーは、ヘクト・ライアーを抱えたまま後ろにのけ反ると、宇宙港まで通じる巨大な穴へと墜ちて行く。
『艦長、迎撃を致しましょうか?』
優秀なフォログラムが、ボクに選択肢を提示した。
「お、おじいちゃん……」
「セノン。気持は解らなくも無いが、アイツは何人もの人間を殺したんだ」
「で、でも……」
小惑星パトロクロスの周囲を、MVSクロノ・カイロスと、その支配下にある何万隻もの艦隊や、無数の艦載機が取り囲む。
宇宙港を出たアルティミア・カリストーは、その真っ只中に肢体を晒した。
「イヤ、このまま見送ってくれ」
ボクは、そう命令を降す。
『了解です、艦長。全艦砲撃を中止いたします』
ヴェルダンディがそれを受け、瞬時に命令が行き渡った。
グリーク・インフレイム社のアーキテクターが製造した、緑色の艦艇や赤い艦載機。
トロイア・クラッシック社のアーキテクターが製造した、蒼い艦艇や黄色の艦載機。
その中を、人間に対する反乱の首謀者のアーキテクターが、漂って行く。
「良かったのかよ、艦長」
「どうかな。正解なんて、解らないさ……」
真央が言った通り、イーピゲネイアは何人もの人を殺した。
セノンや真央たちが服を買った店の店員の女性も、彼女に操られ、彼女の光の弓の狙撃によって蒸発し、命を落としてしまった。
「もし死んだのが、ボクにもっと近しい人だったなら、ボクは……」
結局のところボクも、エゴイスティックな指導者なのだろう。
「お優しい艦長さんよ。情けをかけたつもりだろうが、幾らアーキテクターであっても、何万年も宇宙を漂うウチに、本当に宇宙の藻屑になっちまうぜ」
「解っているさ、プリズナー。せめて2人で……」
コックピットの中で、デイフォボスを慈しむように抱くイーピゲネイア。
宇宙の深淵へと吸い込まれて行く白いアーキテクターに、ボクは未来に来れなかった少女の顔を重ねていた。
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