ケイダンの戦い
「ヒイイィィィーーーン!?」
魔王の一撃を喰らって、四散する馬。
白い月に、血飛沫(しぶき)が舞った。
「大丈夫ですか……」
「ぼ、坊や!?」
仲間を失い、自らも死を覚悟した赤毛の女傭兵。
「ど、どうして……」
けれどもまだ彼女は生存し、いつの間にか砂丘に身を埋めている。
「師匠の剣を使ったんですよ」
「え……あッ!」
エイシャはやっと、ラディオから盗んだ蜃気楼の剣が無くなっているコトに気付いた。
「跳ね飛ばされる瞬間、貴女が奪った剣に触るコトが出来ましたからね」
「ヤレヤレ、とんでもない坊やだねえ。幻影剣・『バクウ・ブラナティス』の能力で、異次元に跳んだってのかい」
「それより、貴女の仲間は助けられませんでした……」
ケイダンは、再び自分の目の前で死を迎えた人間を見て、悔しさを滲ませる。
「アタイらは、盗賊上がりの傭兵さね。喰っていく為に、汚いコトもしたモンさ。因果応報ってヤツかも、知れないね」
エイシャは、観念したような表情を浮かべた。
「貴女は……仲間の分まで、生きる義務がある」
ケイダンは、蜃気楼の剣を振るい時空を切り裂く。
「な、こ……ここは、砂漠の入り口の街じゃないか!?」
深夜の街は静まり返り、酒場や宿屋さえも灯りが消えていた。
「ええ。この剣は渡せませんが、何処へなりと逃げて下さい」
「坊やはどうする気だい。アンタもさっさと、逃げた方が……」
「魔王は恐らく、この剣を狙っていました。オレが逃げれば、この街が火の海になる」
「まさかアンタ、砂漠の魔王の元に戻る気なんじゃないだろうねェ!?」
「師匠が酔いつぶれている今、そうするしかないんです」
「だ、だけどいくらアンタでも、あの魔王には勝てないよ」
「アイツは、オレの幼馴染みたちの仇でもあるんです。オレは、力の魔王にして恐怖の魔王・モラクス・ヒムノス・ゲヘナスを、討たなければならない」
そう言い捨てると、ケイダンは再び時空を切り裂き、砂漠へと戻って行った。
「無茶だよ、坊や……ったく、仕方がないねえ」
エイシャは慌てながら、ラディオが宿泊している宿へと走る。
『グオオオォォォーーーーームッ!!』
その頃、突然獲物を見失った魔王は、怒りをぶちまけていた。
『どこだ、あの女。どこへ行きやがった。あの程度の小物が、蜃気楼の剣を使えたワケではあるまいに』
四枚の蝙蝠の翼を持ち、荒々しい獅子のタテガミに牛の頭をした魔王・モラクス。
『まあ良い。どうせ行き先は、あの街であろう。街一つ程度、瞬時に灰塵としてくれるわ』
頭部を失った女傭兵の死体を握り潰し、血をワインの様に飲み干す。
「そうはさせない。キサマは、ここで倒されるからな」
魔王が振り向くと、砂丘の上に人の影があった。
『グルル……キサマが蜃気楼の剣士と名高い、ムハー・アブデル・ラディオか』
「その身を持って、確かめてみるがいい」
『小癪な人間風情が、いい気になるなァ!』
力の魔王はその異名の通り、大木のような腕を振り抜き剣士を攻撃する。
巨大な砂の柱が舞い上がり、辺りに砂塵がまき散らされた。
「遅いな……その程度の攻撃で、オレは倒せないぞ」
ケイダンのバクウ・ブラナティスが、時空を斬り裂く。
裂け目が、斬撃となって魔王の腕を吹き飛ばした。
『グフフ……それはこちらの台詞よ、小僧』
モラクスの腕が、再生される。
『蜃気楼の剣士にしては、随分と若いじゃねえか。キサマ、何者だ?』
「オレはケイダン。蜃気楼の剣士・ムハー・アブデル・ラディオは、我が師だ」
再び剣を構える、ケイダン。
『面白えじゃねえか。どれ、少し遊んでやるよ、小僧』
すると魔王の背中の筋肉が隆起して、2本の腕が生える。
「腕が増えたところで、なんだと言うのだ。こけ脅しに過ぎない」
ケイダンは、柔らかい砂の上を滑るように駆け、魔王の懐に飛び込んだ。
『無駄だ、小僧。オレにそんな攻撃は通用しない』
モラクスは、愚直なまでに直線的な攻撃を繰り出す。
それは一発で人間の骨など、粉々にできる威力を持っていた。
「バクウ・ブラナティス!」
魔王の一撃がヒットする寸前、ケイダンは時空を切り裂き異次元へと逃げ込む。
『そいつは読んでいるんだよ、小僧!』
「な……なにィ!?」
魔王は構わずに、自分の腕を次元の裂け目へとねじ込んだ。
「ぐあああッ!!」
魔王の巨大な拳が、ケイダンの左肩を粉砕する。
けれども魔王の腕も、次元の裂け目が閉じると同時に切断された。
「ヤレヤレ。誰が戦っているのかと思ったら、懐かしい顔じゃないか」
砂漠を見降ろせる、小高い岩山の上。
金色に輝く髪の少年が、戦いを見守っていた。
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