二日酔い
「ああ……なんだか天井が、グニャグニャしてる……猛烈に頭が痛い……」
とんでもなく気分が悪い。
「まさかボクが注文したのが全部、ウォッカベースのカクテルだったなんて」
水を飲みに台所シンクの蛇口を捻ったが、さらに気分が悪くなった。
「最後に注文した、ロングアイランドアイスティーも……」
トイレへ駈け込んで、激しくリバースする。
「アイスティーとは名ばかりの、アイスティーなど一切入っていない、ウォッカベースのカクテルだったなんて」
昨日から、もう何度も繰り返したサイクルだ。
「バーに行ったのが金曜で良かった。こんな調子じゃ、とても授業なんて出来ないからな」
あの後、どうやって帰って来たのかも全く覚えていない。
「多分、鳴丘先生には、多大なる迷惑をかけてしまったに違いない。今度会ったら、ちゃんとお詫びをしないと……」
すると、玄関のインターフォンが鳴った。
「うう……こんな時に、お客さんかな……」
もう二度と酒など飲まないと誓いながら、どうにか玄関ドアまで辿り着く。
「はい。どちら様ですか」
最小限の体裁を整え、ドアを開けた。
ちなみにIT音痴なボクに、宅配便が届くことは稀だ。
「まったく、何てザマよ。情けないわねぇ」
ボクを押しのけ勝手に家に上がり込む、分厚いコート姿のユミア。
大きなハンチング帽を深く被り、丸い大きなサングラスをかけてる。
「それ、変装してるつもりか?」
「うっさい、今日はキアが退院する日だってのに、なんでスマホに出ないのよ!」
「理由は……」
「ええ、着いて一瞬で理解したわ。二日酔いだなんて!」
「メンボクない」
「いいから、さっさと着替える。わたしは、リビングで待たせてもらうから」
「は、はい」
ボクは言われた通りに、別室で着替えを始める。
「玄関先に、タクシーでシアちゃんたち待たせてるから、急いで」
「わ、わかったよ。そう、焦らせるな」
ユミアに捲し立てられ、多少は気分の悪いのも治まって来た。
「顔も、ちゃんと洗いなさい。そんな顔をマスコミ連中に撮られたら、大変なコトになるんだから!」
もの凄く機嫌の悪そうな、ユミア。
「え、顔?」
言われて洗面台の鏡を覗き込むと、そこに映った男の右頬に、ピンク色のキスマークが付いていた。
「うわあ、こ、これってッ!?」
慌てて右頬を擦る。
どうやら土曜日一日と今日まで、キスマークが着いたままだったらしい。
「反対よ。まったく、いつまで酔っぱらっているのかしら」
同時に、彼女が来て早々不機嫌だった理由も、理解できた気がする。
「そ、そうだよな。ス、スマナイ」
左の頬の口紅を落とし、バシャバシャと顔を洗った。
……この口紅の色、鳴丘先生のだよな。
悪戯好きなのか、それともボクが迷惑を掛け過ぎたからかぁ?
「やっと少しは、先生らしくなったわね」
着替えを終え、身支度を整えると、ユミアの機嫌は多少は戻っていた。
「もう行くわよ。玄関先に何人か、マスコミなのかカメラ持ったヤツが居たから気を付けて」
「どうやって気を付けるんだ」
「先生がスマホに出てれば、こんなコトにはならなかったのよ!」
再び機嫌の悪くなる、ユミア。
慌てて玄関ドアに鍵をかけ、タクシーに飛び乗る。
「先生、なにしとったんや!」
「ウチらレディを、待たせ過ぎやでェ!」
タクシーはセダンでは無くワンボックス型で、乗り込むと双子の激しい罵声に出迎えられた。
「悪い悪い、ミア、リア。カンニンしてくれ」
「しゃーないわ」
「カンニンしたるで」
「わたしも居るんですよ、先生」
後ろの席で、ニコッと微笑むシアがバックミラーに映る。
「お昼は奢るから、許してくれよ」
ボクと、4人の少女たちを乗せたタクシーは、キアの入院する病院へと向かった。
受付は、しっかり者のシアが滞(とどこお)りなくやってくれて、ボクたちはキアの病室に入る。
「おう、みんな。よう来たな……って、先生まで来とるやないかい!」
コテコテ関西弁の少女は、必死に散らかったベッドの上を片付け始めた。
「病院は、スマホ使えへんからな」
「連絡、入れれんかったんや」
「でも姉さん。いつ誰が来ても良いように、キレイにして置いてと、アレ程……」
「来て早々の説教は、ほんまカンニンやで、シア」
「ところでキア、ケガはもう大丈夫なのか?」
「まあな。自慢の赤毛のツインテールも剃られてしもうたし、ちーとばかし傷も残りおったわ……」
実の父親に、ビール瓶で殴打された傷跡。
「そうか……」
ボクは彼女の負った心の傷も、心配でならなかった。
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