男児、三日合わずば刮目して相待す
天空教室での授業を終えると、ボクは教室を出て、キアが入院している病院に向かう。
「これじゃ流石に、電車での移動は厳しいか」
外が丸見えのエレベーターに乗って、眼下を見降ろすと、その日も大勢の人だかりが出来ていた。
「マスコミの数も、昨日より増えてやしないか?」
「そりゃ、増えてるよ」
同じエレベーターに乗り合わせた、太い眉毛の男が言った。
「え、枝形先生」
「久しぶりだねェ、最近は余り、顔を合わせなかったからな」
上まぶたの重そうな男は、ボクに気さくに話しかけて来る。
「申し訳ありません、枝形先生。お騒がせしてしまって」
男は名を、枝形 山姿郎と言った。
教師になる面接の帰り、今回のようにエレベーターで偶然出会う。
「いつの世にも、民心を扇動する人間と、それに乗っかる愚か者はいるんだねえ。ヒマなヤツらに、下らない話題を提供するのが、ヤツらの仕事と理解はしているが……」
歴史の教師が言ったように、マスコミの望遠カメラが一斉に、降下するゴンドラに向いた。
「このまま、地下まで行ってかまいませんか?」
「ああ、構わんよ。どうせオレも、そのつもりだったからね」
エレベーターは1階で止まることなく、地下駐車場にまで辿り着く。
「ヤレヤレ。せめてもの救いはココが高級マンションで、セキュリティ万全なところか」
「この駐車場にまで入り込むマスコミ関係者は、今のところいませんからね」
「タクシーを呼んである。オレと一緒で良けりゃ、乗ってくかい?」
「い、いいんですか?」
「多少はタクシー代も、浮かせられるってモンだ」
ボクは枝形 山姿郎と、タクシーに乗った。
地上へと続く出口を出ると、途端にフラッシュの嵐が浴びせられる。
車はそのまま、マスコミの群れを抜け大通りに出た。
「これはこれは……凄まじい人気だね。オレは、芸能人と知り合いだったのかな?」
「まさかフラッシュを浴びせられながら、マスコミから逃げ惑う羽目になるとは、ボク自身が一番驚いてますよ」
「『男児、三日合わずば刮目して相待す』……か」
男は目を細め、ニカッと笑う。
「前に会った時は、先生になれるかどうかって不安がってた坊やがねえ」
「枝形先生は、どちらまで?」
「アンタ、病院に寄って行くんだろ。オレの実家は、その先の郊外さ」
「今日は実家に、帰られるんですか?」
「年老いたお袋が、独り暮らししてるんでねェ。たまには顔を出さないと、おっ死んでるかも知れねえってワケで、一週間に一度は帰ってる」
「そうですか」
ボクは、移り変わる車窓を眺めながら、実家の両親の顔を思い浮かべていた。
「おう、着いたぜ」
「あ……ああ、もう病院ですか」
「ずいぶん、疲れてんじゃないのかい?」
「いえ、そんなコトは。それじゃあボクは、お先に失礼します」
表示されている金額の半分を支払い、慌てて降りようとする。
「そう言えばヤッコさん、オレや鳴丘先生にも、天空教室の授業の打診をして来やがった」
「……え?」
「ま、授業動画なんて、一回撮影すれば終わりなんでね。受けざるを得んだろうな」
ボクの目の前で、タクシーのドアが閉まる。
枝形先生を乗せたタクシーは、病院の裏口から走り去って行った。
「そっか。アイツらの授業を、今まで全てボクが見てきたケド、それも無くなるのか」
当然と言えば、当然のコトだった。
「義務教育が存在していた頃だって、小学校ならいざ知らず、中学・高校ともなれば教科によって教師が替わっていたからな……」
ボクは、病院の受付へと向かった。
「お姉さんのキアちゃんは、意識は取り戻しましたが、まだ面会謝絶ですね。妹のシアちゃんは、比較的軽症でしたので面会できますよ」
受付の女性に言われ、ボクはシアの入院している病棟に向かう。
「ボクは教師として、生き残れるのだろうか……」
不安を感じながら歩いていたせいか、ボクは誰かにぶつかってしまう。
「ス、スミマセ……」
振り返ったボクは、言葉を失った。
「オイ、痛てェじゃねえか?」
若い男が、鋭い目でボクを睨んでいた。
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