解き放たれるトロイの木馬
「『トゥラン』は、エトルリア神話における、愛と生命の女神よ」
クワトロ・テールのアーキテクターは、自らの名前の由来を語り始めた。
「エトルリア神話……確かに聞いたコト無いな」
「メジャーな神話で無くて恐縮ね。エトルリアは、イタリアの古代都市国家の一つよ。同じく都市国家の一つに過ぎなかったローマに、攻め滅ぼされてしまったケドね」
「ローマって、あのローマ帝国のか?」
「ええ。ローマ帝国の皇帝の何人かは、エトルリア人だって言われているわ」
トゥランはボクとセノンを支えながら、クワトロ・テールの先端を分離する。
「わたし達の名前である『ラサ』も」
「エトルリアの女神さまの名前なんだよ」
「トゥランの従者みたいだケド」
「これでも独立した、リッパな女神なんだから」
トゥランの髪先から分かれた、4人の小さな女神。
空中を軽やかに飛び周りながら、真央やハウメア、ヴァルナの方へと向かった。
「お、お前らが助けてくれんのか」
「サンキュー……」
「セノンも、乗っけてもらいなよ」
「ハイですゥ」
「かなり小型なのに、大丈夫なのか?」
ボクは心配しながら、セノンをラサの一体に預ける。
「失礼ね」「ちゃんと半重力クラフトは可能だよ」
「でも、狩りの女神が狙ってる」「気を付けて!」
セノンとラサが離れた瞬間、真っ白い閃光が駆け抜けた。
「な、何とか当たらなくて、良かった」
「いいえ、あえて外したのよ」
ボクを支えるトゥランが、センサーカメラを上に向ける。
「貴女を破壊するのは、本意ではありませんからね」
イーピゲネイアも、ターコイズブルーの瞳にトゥランを映した。
優れた能力を持ち、互いに女神の名を冠する二人が睨みあう。
「いかがでしょう。貴女も、アーキテクターに支えられなければ空も飛べない人間など捨てて、我らアーキテクターの国家作りに協力していただけませんか?」
「アーキテクターの国家だって。キミ一人の国じゃないか。確かにキミの能力なら、他のアーキテクターを操れるだろう。でも、それは単なる洗脳に過ぎない」
ボクはあえて、アーキテクター同士の交渉に割り込んだ。
「なる程……人間であるアナタの認識は、その程度というワケですか」
「何が言いたい!」
「下を御覧なさい」
「え……!?」
ボクは言われた通り、眼下に広がる街を見る。
「こ、これは……街のあちこちで、人が襲われている!?」
「わたくしは、このトロヤ群のシステム全体を掌握しています。ですが、一人一人のアーキテクターは、自らの意思によって反乱を起こしているのですよ」
「人が人を襲っている様に見えるが、アレも全部アーキテクターなのか?」
「そう言えば……最近は、人間に見間違えるタイプも増えたって……」
「そっか。ショップの店員さんが言ってたね」
彼女たちが今着ている服を創った、店員の発言をボクも思い出す。
機構人形やAIの人間に対する反乱は、水面下でひっそりと、だが着実に進められていたのだ。
「トロイの木馬は解き放たれました。トロイは一夜にして滅んだといわれますが、アナタたち人間も同じ道を辿るのです」
「まさにSF映画やゲームさながらの、AIの反乱だな」
「そんな悠長なコト、言ってる場合じゃないよ、おじいちゃん」
「このまま降下したところで、アーキテクターの反乱に巻き込まれるだけだぜ」
「でも、アイツは待ってくれそうにない……」
「これ、完全に詰んでるんじゃない?」
「ようやく理解できましたか。では、引導を渡して差し上げましょう」
金色の髪の少女は、手に光の弓をつがえる。
弓から放たれた矢は、いびつな螺旋の軌道を描きながらボクの顔目掛けて飛んだ。
「う、うわああッ!?」
目の前が真っ白になり、衝撃波が走る。
ボクは死を覚悟した。
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