戦争の残像
アテーナー・パルテノス・タワーの最上階から見える火星の宇宙(そら)には、相変わらず無限に星が散りばめられている。
「わたくしが、どうか致しましたか、群雲 宇宙斗」
ミネルヴァがボクに、問いかけた。
太陽が彼女の背後から消え去り、その顔立ちや容姿が明らかになるにつれて、ボクの顔は驚きの表情に変わって行ったのだろう。
「キミは……時澤 黒乃……!?」
地球圏の代表である女性は、1000年前の過去からボクをこの時代に連れて来た少女に、そっくりだった。
「何を言っているのですか。聞いたコトも無い、名前ですが……?」
戦争の女神は、時澤 黒乃の名前も知らず、関係性も否定する。
「す、すみません。ある女のコに、スゴく似ていたモノで……」
正直に言えば、完全に同一人物と思えたかと言えば、そんなコトは無い。
ミネルヴァは、スラリと背の高い大人の女性であり、黒乃より胸も豊満で脚も長く腰も大きかった。
身体を白いローブで覆い、同じ色のスカートはドレス並みに大きく膨らんでいる。
首や腕に黄金のリングをしており、胸には金のネックレスが輝いていた。
地球の忘れ去られた鉱山の地下深くで見た女のコが、数年経って大人へと成長すれば、ボクの前に立っている女性のようになるだろ。
服装は別として、大きく吊り上がった挑戦的な瞳や、整った顔立ちは黒乃の特徴そのものだった。
つまるところ、時澤 黒乃をそのまま大人にした容姿だったのだ。
「そうですか。ですがわたくしは、見ての通り少女などと呼ばれる年齢ではありません。貴方の時代の尺度で言えば、とっくに死んでいる年齢なのですよ」
ミネルヴァは、そのまま巨大な窓の方へと歩き出す。
金色の留め具から延びた、黒いクワトロテールが優雅に揺れる。
思えばこの未来に来てからと言うもの、クワトロテールの女性に何人会ってきたコトだろう。
最初に遭ったセノンこと、世音(せのん)・エレノーリア・エストゥードは、栗色のクワトロテールの女のコだった。
髪型を除くと、おっとりとした彼女の性格も顔立ちも、時澤 黒乃とは正反対に思える。
2人目は今、会議室でボクの隣に座っている、クーリアこと、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダだ。
彼女は真珠色の髪に、ドリル状のピンク色のクワトロテールをしている。
意志の強そうな瞳は黒乃を思わせるが、令嬢としての気品や美しさは黒乃とは異なっていた。
3人目と呼んでいいのか解らないが、プリズナーの相棒であるトゥランもクワトロテールをしている。
アーキテクターである彼女は、それぞれの髪の先に小型のアーキテクターである4体のラサたちを、格納していた。
「話を戻しましょう……」
そして……ボクの前に現れた、4人目のクワトロテールの女性、ミネルヴァ。
ローマ神話の戦争の女神の名であり、ギリシャ神話で言えばアテナに当たる神格だ。
「わたくし達は100年前、確かに時の魔女と戦いました。当時、ユピテルは艦隊の司令官であり、ディアナは同艦隊の参謀、アポロはサブスタンサーのエースパイロット、ケレースは補給担当官として、それぞれ今とは別の名前で任務を遂行していたのです」
「名前が出て来なかった、方々もおられますが?」
「魔女との全面戦争は苛烈を極めましたが、全員が参加していたワケではありません。マーズやバックスはまだ子供であったし、サターンなどは太陽系外星系への有人飛行の任務に就いていたのですから」
時の魔女との全面戦争であっても、全てが戦争一色で染まるモノでも無い。
それはボクの時代でも、変らなかった。
「だがよ、魔女との戦争には勝利したんだろ。だったら、なんの問題も無ェハズだ」
当時は子供であり、戦争の記憶も消されたであろうバックスが、ミネルヴァを問い詰める。
「確かに我々人類は、時の魔女に勝利したと言いました。ですが、時の魔女自体を倒したワケでは無いのです」
「なんだってェ。だったら、どうして勝利したなどと言える!?」
「単純に、戦闘が起こらなかったからですよ、バックス。この100年間、我々人類の前に時の魔女の艦は1隻も、姿を現さなかったからです」
メリクリウスが、横から忠告した。
「だが、コイツらの艦が現れたってワケか?」
「ええ、そうです。時の魔女が造ったとされる、宇宙斗艦長のMVSクロノ・カイロス……それがどれだけ我々に脅威に映ったか、お解りいただけましたか?」
この時、ボクは始めて自分の艦の、この時代における重大さに気付かされた。
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