黒乃と揺れるお尻
元々、時澤 黒乃がそのまま成長し、大人になったとしか思えない姿のミネルヴァさん。
「こうなるのも、至極当然だと理解はできる。だけど、やはり……」
「何を言っているのかしら、宇宙斗艦長?」
流れるシルクのように美しい、黒いクワトロテール。
気の強そうな瞳に、透き通った白い肌。
アンチエージング・カプセルによって若返った少女は、時澤 黒乃そのモノだった。
「本当にキミは、時澤 黒乃じゃないのか……」
「そう言えば始めて会ったときも、わたくしを誰かと間違えておいででしたね?」
ニケ―から手渡された服を纏いながら、問いかけて来る黒乃の姿のミネルヴァさん。
「今の貴女は、ボクを未来へと送り出してくれた少女に、そっくりなんです。本当に、同一人物としか思えないくらいに、似ている」
「その少女の名が、『時澤 黒乃』と言うのですか?」
「はい。彼女は好奇心旺盛な女のコで、ボクは彼女が創った冷凍睡眠カプセルによって、この時代に辿り着くコトができました」
「そうでしたか。それで、時澤 黒乃は今、どうしているのです?」
「火星の衛星フォボスの地下深くで、岩に押しつぶされ眠っています。それ以前に、未来に辿り着けたのは、ボクだけだったのですよ」
「そうでしたか。それは、哀しい出来事でしたね……」
着替えを終えたミネルヴァさんは、身体にピタリとフィットした黒いスーツに身を包んでいる。
大きな柱を取り囲むソファに座りながら、感想を述べた。
「ホントはボクなんかより、黒乃こそ未来に来るべきだった。彼女は変わり者で、周りからは浮いた存在だったケド、確固たる意志を持ってカプセルを準備をし、未来への可能性にチャレンジしたんだ」
まるでドッペルゲンガーかと見紛(みまご)うほど、黒乃と同じ姿になったミネルヴァさんを前に、ボクは冷静さを欠いていたのだろう。
「宇宙斗艦長は、その少女のコトが好きだったのですね……」
「……」
意表を突かれ、赤面し固まってしまうボク。
「時澤 黒乃……その名前を、貸してはいただけませんか?」
「え?」
「わたくしは、マーズを始めとする火星の政権から、身を隠す必要があるのです」
「そ、そうですね。解りました」
「少しは反対されるとも考えましたが、あっさり承諾なさるのですね?」
「え、ええ。今のミネルヴァさんは、ボクには黒乃にしか見えなくて……」
「フフ、では決まりですね。わたくしは今から、時澤 黒乃を名乗らせていただきます」
少女は、クワトロテールをなびかせ、颯爽と立ち上がった。
「ところでミネルヴァさん」
「今は、黒乃です」
「……く、黒乃」
自分で言って置いて何だが、ミネルヴァさんを黒乃とは、どうにも呼びづらい。
「これから、何処へ行くんですか?」
「地球です」
「地球……ですか」
ボクはその言葉に、一種のプレッシャーのようなモノを感じた。
「1000年後の地球……ボクの時代の映画やアニメが、あれこれ想像を膨らませていたケド、今はどんな姿になっているんだか」
ヴィクトリアのコロニー群に来る途中で、テル・セー・ウスの艦橋から眺めるコトが出来た地球。
宇宙からなど見たコトも無かったが、宝石のように蒼い惑星だと言う評価は、正しかったと判るくらいには、確認ができていた。
「地球には、艦隊で向かった後、大気圏突入艇で降下します」
「軌道エレベーターみたいなモノは、開発されなかったのですか?」
「コスト面でも、強度面でも、問題があったのです。このヴィクトリア、次に月が人類の宇宙進出の拠点となり、やがて火星となりました。地球に軌道エレベーターを造る理由など、無くなったのですよ」
「そ、そうですか……」
前を行くミネルヴァさんの背中は、どこか寂しさを感じさせた。
「宇宙斗艦長、どこを見ておいでですか?」
「うわあ。ど、どこって……背中を」
「アラ、もっと視線が下がっていたように思いましたが、気のせいでしたか」
ニケ―さんの鋭利なツッコミに、思わずたじろいでしまうボク。
正直に言えば、揺れるお尻を見ていた。
不謹慎だが、1000年前のあの日を思わずには、いられなかったのだ。
「皆さん、お待たせいたしました」
「ちなみにこの少女は、ミネルヴァさんで、今は……」
「そんなコトより、大変なんです、宇宙斗艦長!」
「どうやらヴィクトリアの周りを、未確認艦隊が囲んでいるみたいなんです」
接待室に着くとボクたちは、アンティオペーとメラニッペ―の、慌ただしい顔で出迎えられた。
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