ゲー
「1億人って言ったら、ボクの生まれた時代の日本よりも、少ない人口じゃないか!?」
思わず、声を荒げていた。
「それが地球の、総人口だって言うのか?」
「はい……そうよ」
真面目な性格の黒乃は、固い言葉を無理やり言い直す。
「第三次世界大戦が、地球をこんな状態にしたのか。それとも、温暖化が進み過ぎて地球は、人が住めない惑星になってしまった……と?」
「たった1つの要因が、原因とするのは難しいわ。複合的要因が、折り重なったとしか言えない」
「この時代の科学を以ってしても、地球を元の状態に戻すコトは不可能なの?」
「不可能とまでは、言い切れないでしょう。でも今の人類にとって、地球にそこまでの利用価値があるとは思えないわ」
「そんな……人類は、地球を見捨てたって言うのか」
「ええ、そうよ。地球圏の人類の殆どは、ラグランジュポイントのヴィクトリアや、イージスら2つのコロニー群に住んでいるわ。地球に残っているのは、大多数が老人ね」
「今から会いに行くのも、その老人たちの1人ってワケだ」
「いいえ、違うわ」
横を歩くクワトロテールの女性は、ボクの答えを全否定した。
「違うって……じゃあ、誰と?」
「その答えは、この扉をくぐれば解るコトよ」
ボクたちの目の前に、そびえたつ巨大な扉。
やはり赤茶けた錆が浸食し、薄汚れている。
扉の左右には、男性の姿をしたアーキテクターがそれぞれ立っていた。
『ナニヨウ カ。キョカ ナク ココニ ハイル コトハ カナワヌ』
『リカイ シタノデ アレバ ソウソウニ タチサレ』
アーキテクターは、鉛色のボディをしていて、メカニカルな頭部には赤いカメラアイが光っている。
関節からは動力パイプやケーブルが剥き出しになっていて、その何本かは切れてしまっていた。
「随分と年代物の、アークテクターみたいだケド?」
「そうね。火星圏では、博物館でしかお目にかかれない代物だわ」
『ドウシタ?』
『ワレラ ノ コトバ ガ ワカラヌ カ』
2体のアーキテクターは、それぞれの右腕を変形させ銃器のかたちにする。
「最後通告って感じだケド、どうする、黒乃」
「心配には、及ばないわ」
すると黒乃は、歩み出て2体の間に立った。
「わたくしは、ミネルヴァ。故合って、このような姿をしております。確認を……」
『リョウカイ シタ』
『セイモン ト コウサイ ヲ カクニン スル』
ブリキのオモチャを彷彿とさせる2体は、黒乃の声紋や虹彩を確認すると、そそくさと後ずさりする。
大きな扉は、ギシギシと不協和音を立てながらゆっくりと上がって行った。
「行きましょう。この奥よ」
「あ、ああ」
黒乃の後を追うと、2体のアーキテクターはなにもせずに、見過ごしてくれる。
扉を挟んだ部屋の床や壁は、それより外とは異なり、黒い鏡面仕上げとなっていた。
汚れや錆びなどは一切付着しておらず、中の設備も目立って故障している箇所は見当たらない。
「こ、これは……!?」
突然目の前の黒い巨大な壁に、真っ赤な人の顔が浮かんだ。
「『ゲー』よ。地球圏の意志を決定する、量子コンピューター」
黒乃は、真っ赤な顔を見上げていた。
その表情に、僅かに憂いのようなモノを感じる。
『戻ったか、ミネルヴァ。火星では、随分と失態を犯したようだな』
真っ赤な顔は、歪(いびつ)な音声と歪んだ表情で、黒乃を糾弾した。
「申し訳ございません。此度の失態は、弁明のしようもございません」
片膝を付き、項垂れる黒乃。
美しいクワトロテールが、黒光りする床に広がる。
『お前が舞い戻ったのを、火星のヤツらには気付かれておるまいな?』
「恐らくは……」
『まあ良い。それより、此度の失態の原因はなんだ。ディー・コンセンテスが崩壊し、マーズ(火星)が太陽系の実権を握るなど、到底考えられぬ事態だ』
真っ赤な顔は、尚も糾弾を続けた。
「時の魔女が、再び動き出しました。今回の一件は、魔女が裏から色々と、手を回していたようです」
『な、なんだと。時の魔女がッ!?』
地球圏の意思を決定する役目を持った量子コンピューターは、滑稽(こっけい)なホド激しく狼狽していた。
前へ | 目次 | 次へ |