頑迷なる地球の女神
『それは誠か。本当であれば、人類の母なる地球にとって、由々しき事態ではないか』
黒い壁面の巨大ディスプレイに映った、真っ赤な顔。
『ディー・コンセンテスでの優位的発言権を失ってしまった今、我々地球が打てる手はほぼ存在しない。ミネルヴァよ、お前は取り返しの付かない失態を、犯したのだぞ』
ゲーと呼ばれる顔は、尊大で、横柄で、威圧的な態度で言い放った。
「当時の状況の、詳細をご報告いたします……」
時澤 黒乃は、片膝を付いたまま顔を上げる。
強気な眼差しの先にある、黒い壁に浮かんだ真っ赤な顔は、様々な骨格に変化を繰り返しながら、黒乃を見降ろしていた。
「その前にまず、説明して置きたいのがここに居る、群雲 宇宙斗艦長についてです」
ミネルヴァとしての視点で話す、黒乃。
『聞いておるぞ。木星のラグランジュポイントの企業国家で起きた、アーキテクター共の反乱を鎮圧したのであろう。もっとも、商用パフォーマンスでの戦争などを繰り返しておるから、アーキテクター共に付け入られるのだがな』
「過ぎた戦力を与えられ、幸運が味方してくれたお陰で対処できました」
ボクも、ゲーの出方を探るために、ある程度の情報を乗せた会話をした。
1つは、ボクの会話に乗って来るかどうか。
もう1つは、過ぎた戦力を与えた者を、聞いてくるかどうかだった。
『群雲 宇宙斗……か。覚えておこう』
けれども赤い顔は、僅かな言葉だけしか返さない。
「宇宙斗艦長のMVSクロノ・カイロスと、その傘下に収めた艦隊は木星での一件の後、火星とのコンタクトを求めて来たのです。ディー・コンセンテスとしてはまず、相手の意図を探る目的で、アポロとメリクリウスを派遣致しました」
『群雲 宇宙斗よ。お前が火星と接触をした、目的はなんだったのだ?』
黒乃の話を無視し、今度はボクに直接質問をぶつけて来た。
「ボクが艦長に就任したとき、色々とあってハルモニア女学院の生徒たちも、艦に拉致されるカタチで収容されました。木星の企業国家での騒乱が終わったので、彼女たちを火星に返しに行ったのです」
『生徒を拉致をして置きながら返すとは、愚かな人間らしい、不可解な行動ではあるな』
「ボク自身も、拉致されて艦長になったんです」
『事態が読めぬ。お前に艦を与えたのは一体、何処の誰だと言うのだ?』
ゲーは、ようやくその質問をする。
「時の魔女です」
ボクは、包み隠さずに答えた。
黒乃の方をチラリと見たが、気にしている様子は無い。
『な、なんだと。お前の艦は、時の魔女が創り上げた艦だと言うのか?』
真っ赤な顔の表情が、激しく変化する。
「創ったかどうかまでは定かではありませんが、時の魔女の艦であるコトは間違いないでしょう」
『大した分析力も持たない人間風情が、どうしてそう思うのだ?』
量子コンピューターが、問いかけて来た。
「MVSクロノ・カイロスは、その装備や艦載するサブスタンサーも含めて、とても優秀でした。艦を統括するコンピューターも、貴方より遥かに高度で優秀だったんです」
『地球全域を支配し、人間どもを生かし続けてやっているこのゲーよりも、得体の知れぬ魔女の艦のコンピューターが、優秀だと!?』
真っ赤な顔は、憤怒の表情を浮かべていた。
「間違いありません。もしこの地球を統括するコンピューターが、貴方ではなくヴェルダンディであれば、地球ももう少しはマシな状況で居られたかも知れません」
「宇宙斗、それくらいにして置いて。ゲー様、報告の続きを……」
『もう良いわ。ミネルヴァよ、キサマには重き刑罰が待っておる。地球に残された老人どもの目の前で、その身体を引き裂いてくれるわ』
時代劇の悪人の如き台詞を吐く、ゲー。
ボクたちの後ろの扉が開き、ブリキの玩具みたいなアーキテクターが入って来て、ボクたちを拘束する。
「1000年前にやったゲームのラスボスにも、お前みたいな頭の悪いコンピューターが居たよな」
ボクは捨て台詞を吐いて、頑迷な量子コンピューターの居る部屋を後にした。
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