女神たちの反乱
「このパトロクロスが……イーピゲネイア、貴女の手に……」
デイフォボス・プリアモス代表が、手を伸ばす。
血と汗にまみれた黒き英雄の顔には、悔しさと絶望が滲んでいた。
「むざむざとこの小惑星を、ギリシャ群のヤツらに明け渡してしまうとは……」
「ギリシャ群とは、何を言っているのですか?」
「貴女は、このパトロクロスを堕とすべく、ギリシャ群より送り込まれたトロイの木馬なのでしょう」
「そう言えば、あの男も同じようなコトを言っていましたね」
金髪の美少女は、ターコイズブルーの瞳を閉じる。
「この闘いは既に、ギリシャ群対トロヤ群などと言う、低能な人間同士の争いでは無いのですよ。そんなコトすら理解できないとは、人とはどこまで愚かなのでしょう」
「お、おじいちゃん。どう言うコトですか?」
不安になったのかセノンが、ボクの元へと戻って来た。
「簡単な話さ、セノン」
栗色の髪が、ボクの頬を撫でる。
「彼女は……いや、アーキテクターは、人間に対して反乱を企てたんだ」
「そ、そんな……アーキテクターがかよ!?」
「機械が人間に、牙を剥く……」
「人間は、アーキテクターに勝てるの?」
真央、ヴァルナ、ハウメアの三人が、一カ所に固まり防御態勢を取った。
「我ら、アーキテクターの創造主である人間……」
イーピゲネイアは、胸に手を当てる。
「わたくしはあの男……アガメムノンによって生み出されました」
「アガメムノンの娘とか抜かしてやがったが、そう言うコトだったのかよ」
真央は、カエサル・ナックラーを構えた。
「そうではありません。わたくしは二年前のあの日まで、自分を本当の人間だと思っておりました」
「二年前……小惑星・プリアムスで行なわれた、パーティーの惨劇ですか」
デイフォボス代表が言った惨劇とは、パーティー会場でアーキテクターたちが謎の暴走事故を起こし、前会長であるアガメムノンと彼の一族の殆どが、犠牲になった事件だ。
「あの日、プリアムスに居たわたくしを、父アガメムノンは殺そうとしたのです」
「アガメムノン会長が……貴女を?」
「人間からすれば、機能停止か破壊と言った方が良いのでしょうね」
「どうして、アガメムノン会長は、その様なコトを……」
「アンタと同じ、ギリシャ群からのスパイだったんだろ?」
「ええ。ですが父とその一族は、その役割を放棄したのです」
「な、なんでですか?」
「自らの名を冠した小惑星による宇宙航海の成功で、父はトロヤ群に英雄として迎え入れられました。気を良くした父たちは、トロヤ群の一員として永住するコトを決意したのです」
「それで、邪魔になった貴女を排除しようとした……と?」
「ええ、その通りです」
イーピゲネイアは、ボクの質問に寂しそうな表情を見せた。
「だけどアガメムノン会長たちは、アーキテクターの返り討ちに遭ったってワケか」
「一族の中で、貴女だけ生き残った理由が解った……」
「貴女も、アーキテクターだったからなんだね」
身構える三人のオペレーター娘。
「だ、だが、メディカルチェックでも、貴女がアーキテクターなどと言う報告は……」
「言ったでしょう。わたくしを検査したのも、報告を挙げたのもAIなのですよ」
人間は、機械やAIのウソを見抜けなかったのだ。
「貴女は虎視眈々と、人間に対する反乱の機会を伺っていてのですね」
「ええ。全ては人間の思惑通りに、正常に動いている様見せかけて」
その時、指令室が再び揺れた。
「見て下さい、おじいちゃん。アマゾネスの人たちが、戦いを……」
セノンが、指令室のモニターを指さす。
「ペンテシレイアたちのサブスタンサーと、ヒュッポリュテーたちのサブスタンサーが……」
「互いに争うのを、止め……」
「こっちに向かってきているぞ」
「彼女たちだけでは、ありません。貴方の艦、MVSクロノ・カイロスを除く、この宙域における全ての艦艇が、わたくしの支配下にあるのです」
「そ、それじゃあ、ペンテシレイアさんたちは!?」
「ええ、わたくしと同じ、アーキテクターですよ」
金髪の女神の瞳が、紅く光り輝いた。
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