過去の残響
「先生……重くない?」
腕に抱えた、可愛い教え子が言った。
「キミは小柄だからね、ユミア。大丈夫だよ」
階段から地下駐車場に出ると、真新しい駐車場に艶やかな車がたくさん停まっている。
「どれも高そうなスポーツカーや、アウトドア用の4WDだ。クラッシックな感じの車もあるな」
ショールーム顔負けの、バラエティに富んだ車の数々。
「高級車と言っても、黒塗りのセダンなんかは無いな。久慈樹社長の元に集った若き人材の、ライフスタイルや考え方が解かるよ」
「みんな、チャラいヤツばかりってだけでしょ」
「新しい価値観を、創造するんだ。これくらいじゃなきゃ、やってられないんじゃないかな」
ボクはそう言うと、ユミアをモダンな強化ガラスのベンチに降ろした。
「先生はどうして、あんなヤツの味方をするの!」
「いきなりだな。味方ってワケじゃないさ」
「今だって、アイツの肩を持ったじゃない」
「キミだって、久慈樹社長のアプリ開発には、協力的だったじゃないか」
「そ、それは……アプリ開発は、お兄様の夢でもあったから」
「……あッ!」
ユミアは急に真っ赤になって、口を塞ぐ。
「急に、どうした?」
「えっと、お兄ちゃん……じゃなくて、兄さん!」
「え、そこを気にしてたのか?」
「うう……うるさいわね。ブラコンだとか、思われちゃうじゃない」
「思われるも何も……あ痛ッ!!」
小さな脚で、向う脛を蹴られた。
「わ、悪かったよ。とりあえず、タクシーでも呼ぼう」
「そうね、午後からの授業に間に合わなくなるわ」
ユミアはスマホを取り出し、ネットからタクシーを手配する。
「やはりキミは、デジタルは得意なんだな」
「先生が、苦手過ぎなのよ。お兄……兄さんと、同い年なクセに」
瀬堂 癒魅亜は少しだけ、亡くなった兄のコトを言葉にし始めている。
前にそれを聞いた時は、拒絶されてしまったが、心境の変化があったのだろうか。
「なあ、ユミア。キミの兄さんのコト……聞いていいか?」
直ぐに返事は、返って来なかった。
しばらくの間、沈黙が続く。
「そうね……先生にはいずれ、話さなきゃって思ってたから……」
栗色の髪の少女は、俯いたまま小声で語り始める。
「こないだは、ゴメンなさい。あの時は、自信が無かったのよ……」
「自信?」
それは、キアの病院の帰りのタクシーで、不躾にボクが聞いてしまった時の出来事だ。
「泣かない自信。正直に言うと、自信が無いのは今でも同じ」
「ああ」
ボクは、彼女の隣に座った。
ボクが、身内を失った経験と言えば、幼稚園の頃に母方の祖父が亡くなったコトくらいだ。
疎遠であったし、余りに子供過ぎて、哀しいという感情は起きなかったと思う。
「わたしと兄さんは、けっこう歳が離れてるのよ。先生って、兄さんとは同い年だったでしょ」
「ああ、つまりボクとキミくらい、歳が離れているってコトだな」
ボクは大学を出て、その次の年に就職浪人をして、ユミアに雇われ今の職を得た。
彼女は、他の天空教室の初期メンバーと同じく、義務教育の学校で言えば高校2年生だ。
「先生が23か24歳で、わたしは16歳……」
ユミアはベンチに足を乗せ、膝をか抱える。
「兄さんが高校生だった頃のわたしは、まだ小学生の子供だったわ」
倉崎 世叛が16歳の高校2年であれば、ユミアは9歳くらいだったハズだ。
「その頃のわたしって気が弱くて、学校でもイジメられてたの。筆箱とかカバンを隠されたり、教科書や ノートに落書きされたり……先生に言う勇気も無くて、そのまま学校に行かなくなったわ」
「そう……なのか」
彼女がイジメに遭っていると言う情報は、鳴丘 胡陽の口から既に聴いてしまっていた。
ボクはそれに、後ろめたさを感じる。
「わたし達のお母さんは、わたしを生んで直ぐに死んじゃって、赤ん坊だったわたしは叔父さんの養子になったわ。兄さんは施設に預けられて、たまにしか会えなかった」
「それで兄妹なのに、苗字が違うのか……」
ユミアの小さな口に紡がれる物語は、思っていたよりもハードなモノだった。
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