悲劇のステージ
「ほな、次の曲行くでェ。ウチらの新曲、『カルキノスがぺっちゃんこ!』」
キアが再び腕を上げ、チョキチョキのポーズを取る。
観客席からも疎(まば)らにだが、同じポーズをするファンが現れた。
『ギャンギャンギャンギャン』
カニ爪ギターが、高速でかき鳴らされる。
前の曲にも増して、アップテンポのスピードチューンだ。
「やっぱキアって凄いな、先生。あんな速引きが、なんで出来るんだ!?」
「前に弾き方見せて貰ったケド、どうやってるかゼンゼン解らなかったですゥ!」
後ろの席のレノンとアリスも、興奮を隠し切れないでいる。
「そうだな。よく、ここまで……」
そう言いかけたとき、スピードチューンのギターの音が突然、鳴り止んだ。
「アレ、どうしたんだ?」
「見て、先生。キアが!」
ユミアに言われてステージを見ると、キアがギターピックを落としてしまっていた。
「い、いやあ。スマンスマン。ガラにも無くウチ、緊張してんな」
慌ててピックを拾う、キア。
他の3人の姉妹たちは、まだ演奏を続けてくれていたので、キアも高速演奏を再開した。
姉妹での連携と、地下スタジオで培ったアドリブ力の賜物だろうか。
「ア~、ビックリしたァ。キアのヤツ、心配させんじゃ無いよ」
「心臓が、止まるかと思ったのですゥ」
胸を撫で降ろす、レノンとアリス。
「流石は、姉妹ね。見事なフォローだったわ」
「だと、良いんだが……」
ユミアの言葉に、素直に頷けないボク。
「……あ!」
悪い予感は的中し、キアは再びピックを落下させた。
今度は演奏も止まってしまい、最高だった盛り上がりも白けた雰囲気へと変わる観客席。
「せ、先生……まさか!?」
真っ青な顔のユミアが、こちらを見ている。
「ああ。恐らく、事件の後遺症だろうな……」
ボクは、苦虫を噛み潰すように言った。
実の父親から暴力を受けて、頭に深い傷を負ったキア。
生死を彷徨(さまよ)う手術を終え、必死のリハビリにも絶えてビッグなステージに立った少女。
「こ、後遺症って!」
「キアちゃん……そんなコトって!」
「ウチは……オトンに壊されてしもうたんか……」
真っ赤なショートヘアの少女は、涙を流し崩れ落ちる。
「なんだよ、また演奏が止まっちまったじゃないか!」
「オイオイ。高度な曲なら、練習してから披露しろよ!」
「まったく、弾けない曲をこんな大舞台で、いきなり使うか!?」
今まで盛り上がっていた反動からか、観客席は非難の嵐となっていた。
「ずいぶんと、勝手なコト言ってくれるじゃない。キアが今まで、どれだけ努力して来たかも知らないクセに……」
ユミアが、憤(いきどお)りを口にすると、久慈樹社長が反論する。
「それが、プロというモノだよ。その辺の飲食店であっても、店員の体調が悪ければマズい料理を提供して良いワケじゃない。ましてや、今日のステージのチケットは1万じゃ買えないからね。転売ヤーに転売されて、場所によっては50万なんて額になってるんだ」
「アンタの正論なんて、聞きたくないわ」
「耳を背けるのは勝手だが、これが現実さ。見たまえよ」
涼しい顔で、両腕を広げ会場を見渡す、ユークリッドの社長。
「オイオイ、いつまでそうやってんだよ!」
「演奏できねェんなら、とっとと引っ込め!」
「こっちは、アイドルのステージを見に来てんだ!」
心無い言葉……とは言わない。
それが彼らの偽りない心であり、素直な主張なのだ。
「けれども、元気で明るい普通の女の子の心には……」
ステージにペタンと座り、むせび泣くキア。
その顔を、残酷に映す頭上の4面パネル。
ドームの天井には、心配そうに姉を見つめるシア、ミア、リアの顔も映し出された。
「キア……」
彼女の担任教師であるボクは、数十メートル先の教え子に、手を伸ばすことすら出来ないでいた。
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