テーブルに置かれた新聞
コンビニのフードコートを出ると、そこは病院の廊下だった。
「襟田 凶輔……このまま大人しく、引き下がってくれればいいんだが」
入院中の患者や先生方が往来する中を、ボクは考えながら歩く。
「それに、瀧鬼川 邦康弁護士。別れ際に、含みのある言い方をしていたな」
エレベーターホールに行き、エレベーターに乗った。
天空教室のモノとは違い空など見えず、担架が乗せられるホドの大きさがある。
「ここは今日も、景色がいいな。街が一望できる眺めのいい高さだ」
普段の天空教室は、雲の上にあるコトもしばしばで、神さまになったつもりなどないボクにとっては、身分不相応の高さに思えた。
「703号室に入院している、可児津 詩杏(かにつ しあ)の面会に来たのですが」
ボクは、各階に儲けられているナースセンターで、面会の受付をする。
「えっと、ご家族のかたですか?」
「いえ、彼女の姉の担任をしている者です。姉の可児津 姫杏(かにつ きあ)も、こちらの病院に入院中なのですが、まだ面会は謝絶でして」
「そうですか、今確認を取りますね」
白色の看護服を着た女性が、カルテを見ながら受話器を耳に当てていた。
「確認できました。こちらの面会者名簿に一通り記入して、病室にお入り下さい」
「解りました。有難うございます」
お辞儀をしてから、病棟の廊下をグルリと廻って病室に辿り着く。
「ここが703号室か。どのベットにも、カーテンがかかってるな」
部屋には4つのベットがあり、ソーダ色のカーテンで周りを囲まれていた。
「相部屋だし、静かにしないと……」
「あ、シア姉。先生、来たみたいやで」
「シア姉が寝てる間に、看護師さんから連絡あったんや」
入口側のカーテンの中から、聞き覚えのある声が聞こえる。
「ミア、リア、今開けちゃ……!?」
次の瞬間、カーテンが勢い良く全開した。
「あ……」
小学生の双子姉妹が開いたカーテンの向こうには、ピンク色の可愛らしいパジャマを脱ごうとしているシアの姿があった。
「ひやああぁあっ。見ないでェ!」
小さな胸を、必死に隠すシア。
悲鳴を聞いた病室の誰かが、ナースコールのボタンを押したらしく、女性の看護師さんが駆けて来た。
「ゴ、ゴメンなさいィ!」
ボクは慌てて、病室を退散する。
「いいですか、先生。相手は女の子なんですから、気を付けてもらわないと困ります」
「も、申し訳ありません」
ボクは、ナースセンターの前のラウンジで、看護師さんに散々説教をされた。
「せ、先生、説教は終わったんか」
「コッテリ、搾られたみたいやケド」
双子姉妹が、膨れ面の少女を伴って現れる。
「ああ、たった今終わったところだよ、ミア、リア」
「せっかく見舞いに来てくれはったのに、スマンな」
「ウチらが、お姉が着替えてるのにカーテン開けてしもうて」
「ほんっま、考え無しなんやから。お陰で、ウチは……ウチは……」
「シア姉、関西弁出てもうてるで」
「普段はけったいな標準語なクセに、パニクると関西弁なるんや」
「じゃかあしい。シバくぞ、ワレら!」
ミアとリアの口に人差し指を入れ、外側に引っ張るシア。
それから双子姉妹は、お説教モードの姉の餌食になる。
「シア姉、ほんまカンニンやぁ」
「いい加減機嫌直して、笑ろてんかァ」
クドクドと同じコトを何度も言われ、へばり気味のミアとリア。
「オレも軽卒だったよ。二人もこう、言ってるんだしさ」
「もう、怒ってなんかいません。先生も、見たくて見たわけじゃありませんから」
「せやな、シア姉のぺちゃパイ拝んだところで」
「一銭の得にもなれへん……」
シアの怒りが収まるまで、30分を要した。
「お礼を言うのが遅くなってしまいました、先生」
「シア、元気そうで何よりだ」
ボクは彼女たちの様子から、少し安心してしまっていた。
「先生が助けてくれなかったら、わたしもキア姉さんも、実の父に殺されてましたから」
シアは、テーブルに置きっぱなしにされていた、新聞に視線を落とす。
1面には、『実の娘2人を冷蔵庫に仕込めた父親、逮捕』の文字が大きく書かれていた。
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