天国と地獄
「先生、久しぶり!」
「ねえ、聞いて、聞いて!」
天空教室に入るなり、いきなり星色の髪の双子に話かけられる。
「どうした、カトル、ルクス。やけに、ご機嫌じゃないか?」
ボクは、2人がご機嫌な理由をしっているのだが、あえて聞いてみた。
「実はね、先生。ボクの身体、もう治っちゃったみたいなんだ」
ボクの耳元で、小声で囁(ささや)くカトル。
「まだ、経過観察が要るみたいだケドね。レアラとピオラが……」
反対側の耳で、ルクスも囁く。
「ああ、知ってるよ。月曜日に、久慈樹社長に呼び出されてね。教えてもらったんだ」
「な、なんだ、知ってたの!?」
「先生ったら、知らないフリしてェ!」
頬っぺたを、リスのように膨らませたカトルとルクス。
「イヤ、ゴメン、ゴメン」
ボクは、二人の笑顔に安堵した。
お幼い頃に、交通事故で両親を亡くした2人。
カトルの心臓には、そのときに入った金属片が残っていた。
けれどもレアラとピオラは、ライブステージで歌を歌いながら手術をし、それを取り除いてしまう。
「レアラとピオラは、どうしてるんだ?」
授業前の天空教室には、2人のすがたは無かった。
「それがね。ボクの心臓手術を、医師免許もないのに勝手にやったからって、怒られてるんだ」
「確かにカトルの命の恩人だケド、怒られるのも仕方ないかなって……複雑だケド」
「なるホド。ルクスは、ステージであんな演出を見せられたから、余計だな」
「そうなんだよ、先生。ホントにカトルが、死んじゃったと思ったんだモン」
「ステージじゃ、魔物の十字架にかけられたカトルが大勢の観客の目のまえで爆散して、巨大な異形の姿となって出現したからな」
「ボク、ぜんぜん覚えてないよ。でも、心配かけてゴメンね、ルクス」
「いいよ、カトルが謝るトコじゃないでしょ」
双子は、いつも通りに仲が良かった。
「それにしましても、皆さま。ライブは大成功を収めましたわ」
「デビューライブとしては、最高だったと思いますの。ですので皆さま、今日の夕食はディナーパーティーをいたしませんか?」
アロアとメロエの、グラマラスのもう1組みの双子が、天空教室に居た他の少女たちに提案する。
「お、それ良いね。やろう、やろう!」
「ディナーパーティーっすか。アタシ、お寿司も食べたいっすね」
プレジデントカルテットの、エリアとテミルが賛同する。
「ウチも賛成や。キア姉が、タコ焼き焼いてくれはるで!」
「お好みも、お任せや。な、キア姉?」
ミアとリアの小学生の双子姉妹が、姉を見上げた。
「しゃ~ないやっちゃな。でもまあ、ウチもみんなには世話かけたさかいな。腕、振るったるで」
「大丈夫ですか、姉さん。まだ、握力が戻ってないんじゃ?」
「心配しいな、シア。コテ握るくらい、どってことないわ」
教室の雰囲気は、確定の方向で話が進む。
「なあ、みんな。そろそろ気持ちを、切り替えてくれないか?」
ボクは教壇に立ったが、室内はまだまだざわついていた。
「来週には、みんなの学力テストがある。いい加減に勉強に本腰を入れないと、テストで良い結果が残せないぞ」
ボクは月曜日に、久慈樹社長に呼び出されたとき、カトルの心臓のコトの他に、もう1つのコトを言い渡されていた。
~ときは再び、月曜日まで遡(さかのぼ)る~
「カトルの心臓は、全快したってコトでしょうか?」
「これからの経過観察によると、言っているだろう。恐らくは、問題ないとのコトだがね」
社長は豪奢な椅子に腰かけ、医師の診断結果をボクに伝えてくれた。
「そうですか……アイツらは、政治家の息子の運転する暴走車で両親を奪われ、悲惨な人生を歩んできた。それも今、報われようとしているんだ!」
そこが社長室だというコトを忘れて、喜びを爆発させる。
「喜んでいるところ悪いんだが、キミはボクとの約束を覚えているかな?」
久慈樹社長の一言に、ボクは冷静さを取り戻した。
「ええ、覚えてます。天空教室にいる生徒たち全員の学力を、一定以上にするコトです」
「ああ、その通りだ。それで来週の月曜日、彼女たちの学力をテストするコトにした」
ボクは固唾を呑んで、社長の言葉を聞いた。
前へ | 目次 | 次へ |