巨大カニ(キャンサー)
真っ赤なショートヘアの、双子姉妹が奏でるツインギター。
姉であるキアが歌い始めるまで、同じリズムパートを繰り返した。
「キア姉。いい加減、しゃきっとせえや!」
「泣きべそ掻いて歌えんなら、手ェ動かしいな!」
「ミア、リア……ホンマに、生意気な妹やわ」
キアは、速弾きのメインギターではなく、リアから受け取ったベースにピックを弾かせる。
「ホナ、改めて行くでェ、『カルキノスがぺっちゃんこ!』」
ステージの前面に、真っ白な花火が吹きあがった。
「ギターは頼むで、ミア、リア!」
「任せとき、キア姉!」
「姉ちゃんの分までハデに、ハデに暴れったるわ!」
元気を取り戻した姉に安心したのか、双子のギターがヤンチャに唸り始める。
会場中を、攻撃的で痛快な爆音が支配した。
「あの2人、キアみたいに速弾きしてるよ、先生!」
「ホント、スゴいのですゥ!」
後ろの席のレノンとアリスも、なにやら興奮して叫んでいる。
「お隣に住んでるヒドラが、マッチョな男と戦いボッコボコ。どないするんや、カルキノス。きばるんや、カルキノス。いてこましたれ、カルキノス!」
キアの歌う一種独特の歌詞が、観客たちを否応なしに盛り上げた。
「アイツら、復活しやがった!?」
「ヘンな歌だけど、なんだかイイ感じだぜ」
「ロックってのも、悪くないかもな」
「キア、シア、ミア、リア……これからが、キミらの本当のステージだ!」
ボクも観客たちも、曲が終わる頃にはボルテージが最高潮になっていた。
「ほんじゃ、次の曲行くでェ。『アメリカ横断カニ三昧!』」
「やっと、いつものキア姉やな!」
「シア姉、さっさと始めてェな」
ミアとリアが、背中をキアに擦り寄せながらギターの準備をする。
「まったく、アンタらは……ワン・ツー・スリー・フォー!』
呆れ顔のシアのスティックが、カウントを刻んだ。
上空をユラユラと飛んでいた巨大なカニが、ドラムセットを叩くシアの背後へと降りて来る。
今度は、カントリーベースのポップでノスタルジックな曲が、会場をさらに盛り上げた。
「ワシントンDCならブルークラブ、サンフランシスコやったらダンジネスクラブ、レモンをギュッと絞って食べたれや!」
キアが歌う曲は、アメリカを旅しながら、名物蟹を食べ漁る曲となっている。
「な、なんだか、急にカニが食べたくなって来たぞ!」
「メシテロかよ、ピザでいいから喰いたいぜ!」
カニ三昧の曲に、お腹を鳴らす観客たち。
それからキアたちは、3曲を歌い上げる。
最初はロックに否定的だった観客の多くが、最終手にロックの虜になっていた。
「皆はん。今日は忙しい中、来てくれてホンマおーきに。途中で、恥ずかしいコトみせてもうて、スマンかったわ」
流れる汗を弾かせ、やり切った顔のキア。
「せやで。今日はウチらに、感謝して貰わんとアカンな?」
「お好み焼き5つで、勘弁したるわ」
「脅迫のワリにみみっちいな、おのれら。お好み焼き10枚に、タコ焼き60コ焼いたるわ」
「マジかァ、キア姉。ウソつきは、ドロボウの始まりやかんな!」
「キア姉の焼く粉モン、めっちゃ美味いんやでェ!」
「わかっとる。ちなみにウチら可児津家秘伝のレシピで作った、お好み焼きとたこ焼きが売店で売っとるから、良かったら買うてってな」
「ちょ、ちょっと、姉さん。こんなステージで、宣伝なんかしちゃ……」
「ユークリッドにも、ロイヤリティ入るんや。構ヘンやろ」
「構ヘン、構ヘン。シア姉は、ホンマ真面目やな」
「口やかましうて、かなわんわ。小姑みたいやで」
「おのれら、どつくぞ、ホンマ!」
4人姉妹の演じる喜劇に、観客席から自然と笑いが起きる。
「ちなみに、今回には間に合わななんだが、ウチらのシンボルのカニ爪焼きも開発中や。次のステージも、楽しみにしたってな」
そう言うとキアは、ベースをスタッフに手渡し巨大カニに乗り込んだ。
3人の妹たちも後に続くと、4人姉妹を乗せたカニはドライアイスを噴き上げ、夜空へと舞い上がる。
「こ、これはまた、ハデな演出ですね」
「フフ……こんな物は、まだ序の口さ」
久慈樹社長は、星座となって消える巨大カニ(キャンサー)を見上げながら言った。
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