詩杏と実杏と理杏
「え……とだな、シア」
ボクは上目遣いで、目の前の少女の様子を伺う。
「父が逮捕されたコトなんて、とっくに知ってますよ、先生」
可児津 詩杏は、表情も変えず事も無げに言った。
「ああ、そうか……そうだよな」
この情報化社会にあって、誰かの目に情報を触れさせずに、居られようハズがない。
偶々置きっぱなしになっていた新聞など読まなくとも、スマホやテレビ、パソコンなどあらゆる媒体で、誰でも自分が知りたい情報にアクセスできるのだ。
「そんな、気ィ遣わんでええで、先生」
「ウチらもシア姉も、オトンが逮捕されんのは解っとったコトや」
ミアとリアの双子姉妹が、姉の両隣にチョコンと座った。
「シア、キミも大丈夫なのか?」
「正直、気持ちを落ち着かせるまで、時間は掛かりました。自分の父親に殴られ続け、わたしを庇って姉もあんな状態ですから」
「キアも峠は越え、快方に向かっている。ミアとリアは今、天空教室で預かっているんだ」
「伺ってます。妹たちは、迷惑をかけてませんか?」
「大丈夫だ……と思うぞ」
「そこは断言せなアカンで、先生」
「ウチら姉さん方から、マスカットキャラとして、むっちゃ可愛がられとるんや」
「その程度のボケで、笑い取れる思っとるんか、リア?」
「うわあ。カンニンやで」
「なにも、そこまで怒らなくても」
「関西人は笑いにシビアなんです。ところで先生、わたしは今日で退院するコトにしました」
「今日って、随分と急だな。先生がそう言ったのか?」
「いいえ、わたしがそう決めたんです。当然、先生とも話し合って許可は取ってます」
シアの身体にはまだ、あちこちに白い絆創膏が貼ってある。
「本当に大丈夫なのか。身体の傷すらまだ、完全には治ってない様だが……」
「病院の先生は、まだ入院しとった方がええ、言うとるんや」
「でも、シア姉が強引に……」
「大したケガでも無いのに、これ以上入院費を払ってられません」
「そうは言ってもキミには、精神的なケアも必要だろう」
「アメリカでは、医療費が払えなければ治療を受けられません。日本でもこれからは、そう言った人間が増えると思いますよ」
中学生の少女が言った。
確かに彼女の言っているコトは、薄ら寒い現実となりそうな気がする。
「昨日……ユークリッドの関係者が、病院に来ました」
「な、なんだって、まさか!?」
「わたしも顔出しを条件に、天空教室にお世話になるコトとなりました」
「そんな酷い条件でか。金銭面なら、他にも解決策があるハズだ」
「わたしが選択肢の中から、選んだまでのコトです。それに……」
「そ、それに?」
「このまま家に帰っても、更に酷い状況が待ち受けているんですよ」
「あ……」
ボクは、ハッとした。
病院側が抗議したためか、病院の周りのマスコミの数は確実に減っている。
替わりに、『娘2人を冷蔵庫の中に閉じ込めた父親』の家に、大挙して押し寄せていた。
「ウチ、今大変なコトになっとるで」
「天空教室のが、賑やかで楽しく暮らせるわ」
「ご迷惑かとは思いますが、そう言うコトです」
可児津4姉妹のウチの、3人が口を揃える。
「わかったよ。そこまで意思が固いのなら、ボクはキミたちの意見を尊重する」
「あ……有難う、ございます……先生」
今まで理路整然とした語り口だった、シアの言葉が急に乱れた。
「ン、どうしたんだ、シア?」
「な、なんでもありません」
「そうか?」
「シア姉にとっちゃ先生は、オトン以外で初めてお姫様抱っこされた異性や」
「チッパイまで見られてしもたし、意識せん方が……いひゃひゃひゃ!?」
「この子たちったら……なんでもありませんから」
双子の妹の、実杏と理杏の口を引っ張りながら、微笑む詩杏。
その日のウチに彼女は退院してしまい、天空教室の一員となった。
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