オアシスの惨劇
黄色い月が、荒野を照らす。
「残ったオオカミも、逃げ去ったみたいだ。もう襲っても、来ないんじゃないかな」
月を眺め微笑む少年の右手には、オオカミの首がぶら下がっていた。
「あ……ああ……」
「ヒッ、ヒィ!?」
命を永らえるコトになった少年少女たちだが、余りに凄惨な光景に言葉を失う。
「なあ、マルクにハンス。お前たちは、近場のオオカミの死骸を集めて来い」
「え……」
「ああ、解ったよ」
「キノとケイダンは、火を起こして集めた虫を焼け」
「う、うん」
「了解」
少年たちは従順だった。
そうするコトで彼らは、自身の恐怖が少しだけ薄れるのを感じる。
「女のコたちは、オオカミの解体を……」
「包丁も無しに、無理に決まっているでしょう」
少女たちの中で、唯一正気を保っていたアズリーサが言った。
「仕方ない。オオカミは、ボクが解体するか。キノたちも、オオカミの死骸集めに廻ってくれ」
「それじゃあわたし達で、焚火の準備をするわね」
孤児たちは、焚火を囲んでオオカミの肉と芋虫の丸焼きを頬張った。
「砂漠の夜は冷えるな。アズリーサ、こっちに来な」
「はい、兄さま」
金髪の少年は、蒼い髪の少女を慈しむように抱えながら寝転ぶ。
「男たちは、2人1組みで交代しながら焚火の番だ。ま、ボクは寝るケドね」
孤児たちは、砂漠の固い地面の上で眠りに着く。
砂漠と言っても礫(れき)で出来た礫砂漠は、教会の貧相なベットでもマシと思えるくらいには苛刻で、孤児たちの肌に血が滲んだ。
月は谷間の向こうの山々に隠れ、替わりに朝日が顔を出す。
礫砂漠の小さな瓦礫の一粒一粒が、小さな影を伸ばした。
「ン……もう朝か。ロクに眠れや……」
金髪の少年は辺りを見回して、蒼い髪の妹がいないコトに気付く。
「アズリーサ。それに、他の女の子たちも居ない。もしかして……」
サタナトスは、眠りコクっている4人の少年を置き去りにして、辺りの探索をする。
「辺りが暗闇の時は気付かなかったケド、それなりに植物も生息しているな」
すると金髪の少年の耳に、バシャバシャと水の音が聞こえた。
ブッシュをかき分け進んでみると、緑が生い茂りオアシスが湧き出している。
水音の正体は、6人の少女たちだった。
朝日を浴びながら、衣服を脱ぎ捨て水浴びをする少女たち。
その中には、蒼い髪の少女も詰っていた。
「アズリーサ、心配させてくれるねえ」
少年は、ホッとため息を吐く。
普段は孤児として、みすぼらしい衣服を纏っている少女たち。
けれども今は、妖精か女神の様に美しく思えた。
「これ以上は、無粋と言うものかな」
気付かれない様に、その場を立ち去ろうとするサタナトス。
「ン……なんだ?」
少女たちがはしゃぐ近くの水面が揺らぎ、水の中の影が迫る。
それは、1つだけでは無かった。
「アズリーサ、何かいるぞ!」
「え、きゃああッ?」
その瞬間、大きな水柱が無数に吹き上がる。
「アレは、リザードマンだ!」
水から出現したのは、砂色や赤茶けた色の巨大なトカゲの化け物だった。
「いやああッ!?」
「な、なんなのォ!?」
少女たちは小さな胸を手で覆い隠しながら、身を寄せ合う。
「沼地か湿地帯に生息しているリザードマンが、こんな砂漠のオアシスを根城にしているのか!?」
サタナトスは、リザードマンの装備を確認する。
「本来なら、槍か曲刀を装備しているコトが多いが、ヤツらの装備は岩のこん棒だ。それにラウンドシールドも、巨大ガメの甲羅なのか」
リザードマンの一匹が、こん棒を振り上げる。
「きゃああぁぁ……グェッ!」
抱き合う3人の少女が、頭部から身体ごと粉々に砕かれ、水面に血や内臓が飛び散った。
「ジ、ジル、ミリィ、シアーーッ!?」
姉妹のように育った少女たちを目の前で失い、悲鳴を上げるアズリーサ。
「ヒイイィィーー……ベゲッ!」
リザードマンが巨大なシッポを振り抜くと、恐怖に歪んだ2人の少女の顔が消える。
次の瞬間、頭部を失った2つの身体が、飛沫を上げて倒れた。
「セリア、サティーーッ!?」
砂漠のオアシスは、血の池地獄と化した。
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