バッタ
サタナトスやアズリーサが、オアシスでの惨劇を乗り越え、自分たちの楽園で過ごしていた頃……。
マルク、ハンス、キノ、ケイダンの四人の少年は、故郷の村へと向かっていた。
これは彼らの小さな瞳が見た、残酷な現実の物語。
「サタナトスまで、魔物に殺さてちまったぞ!」
サタナトスが台頭するまでは、リーダーだったマルクが言った。
「あああ、ジルも、ミリィも、シアも、セリアも、サティも、魔物に喰われちまったァ」
少し小太りの、ハンスが悲鳴を上げる。
「で、でもアズリーサはまだ、無事だったみたいだよ。助けなくて良かったのかな?」
「逃げ出すのがやっとのオレたちが、どうやって助けられた?」
気弱なキノに、現実を示すケイダン。
サタナトスが推察した通り、彼らはオアシスでの惨劇は目撃していたが、アズリーサが殺された少女たちを復活させるの見る前に、オアシスを逃げ出していた。
下半身を食いちぎられていたサタナトスも、死んだモノと思い込んでいる。
「外の世界は、魔物だらけだ。あのサタナトスですら、リザードマンに食い殺されたのに、オレたちだけじゃどうしようもない」
「じゃあ、どうすんだよ、マルク」
「一旦、村に帰るしかない」
「で、でもよ。村に帰ったら、オレたち神の生贄にされちまうんだぜ?」
「そうと決まったワケじゃねえ。村長たちが生贄にしようとしたのは、魔族の血を引くサタナトスとアズリーサだけだった可能性がある」
「可能性があるって、もし違ってたらどうすんだよ」
「まずは夜を待って、こっそり教会に戻って、シスターとだけ話してみよう」
「そ、そうだな……ん、んん?」
「どうした、ハンス?」
「なんだか村の方の空、ずいぶんと暗くないかぁ?」
「ホ、ホントだ。黒いカーテンがかかってるみたいに、真っ暗だよ」
「恐らく砂嵐だ、キノ。こっちに向かってくるかも知れないぞ」
「マジかよ、ケイダン。こんな砂丘地帯で砂嵐に遭ったら、死んじまう」
「嵐に突っ込むかたちになるが、さっさと砂丘を抜けよう」
「そ、そうだな。オレも、ケイダンの意見を支持するぜ」
頼りないリーダーが言った。
一行は、砂に足を獲られながらも、何とか砂丘地帯を抜け出す。
「そ、空が一面、真っ暗だぞ」
「ねえ、ケイダン。これってホントに、砂嵐なのかな?」
「砂嵐にしては、風が穏やか過ぎる。ま、まさか……」
「な、なんだよ。脅かさないでくれ……わああ!?」
「ど、どうした、キノ?」
「あ、頭に何か、ぶつかったァ!」
「オ、オイ、ケイダン。これって、バッタじゃねえかッ?」
リーダーの少年は、ぶつかって落ちた黒いモノを観察する。
「そうだ、マルク。黒いカーテンの正体は、バッタだったんだ……」
少年たちは、空をに上げる。
そこには、無数に群れたバッタの大群が、不気味な羽音を響かせながら空を舞っていた。
「まるで巨大な黒い嵐みたいに、もの凄い数だ」
「痛ェッ。バッタが身体に当たる数も、多くなって来てるよ」
「なんで、こんなに群がって居やがる」
「そ、そうか……この先は、村の畑がある場所だぞ」
「確か、土砂崩れで流されたって言ってたよな?」
「い、行ってみよう!」
不安を感じた少年たちは、山や谷間を切り開いて作られた畑へと向かう。
その間のいかなる景色も、小さな虫が埋め尽くしていた。
「は、畑の作物が、完全に無くなってる!?」
「流された畑だけじゃなく、他の畑も全滅じゃないか」
「見ろよ、マルク。む、村が、黒いカーテンに包まれてる」
「ウソだろ、オイ。バッタが、村まで襲ったって言うのかよ?」
少年たちは、一目散に村まで駆ける。
既にそこが、自分たちを生贄にしようとしている村であるコトも、すっかり忘れていた。
「食糧庫に、とんでもない数のバッタが……!」
「村の家が、燃えているぞ」
「バッタを追い払おうと、火を使ったんだ」
少年たちの瞳には、小さな虫に喰い尽くされ、炎に包まれる故郷の村の姿が映っていた。
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