除隊届
自分たちの試合を終えて、ボクたちは柴芭さんたちの試合を見る側に替わっていた。
「穴山三兄弟は、見た目はそっくりだがプレイスタイルが違うな」
雪峰さんが、小型タブレットを開いて情報分析を開始する。
「長男の穴山 範資(のりすけ)は、中盤の司令塔として決定的なスルーパスを出してくる。時折ミドルシュートを撃ってくるから、注意が必要だ」
「プレイスタイルとしては雪峰、お前に近いっちゃ近いか」
「次男の貞範(さだのり)は、サイドアタッカータイプ。左右どちらの脚でもボールコントロールができて、ドリブルからのパスやシュートが得意だ」
「ソイツは、オレに近い感じだな。ドリブルは、大したことねーがよ」
「三男の則祐(のりすけ)は、ペナルティエリアでパスを受けて、ドリブルを絡ませて得点を狙うストライカーだな。嗅覚もあって、こぼれ球にいち早く反応してゴールに押し込む」
「らしいな。もう、ハットトリックを決めたんじゃねえか?」
「今のはそうだが、1点目は穴山 範資のミドルシュート、2点目は穴山 貞範のサイドから切れ込んでのシュートだ」
「紛らわしいな、オイ!?」
「顔が同じ過ぎて、見分けつかねえよ!」
紅華さんと、黒浪さんの意見に賛成。
雪峰さん、どうやって見分けてるんだろ。
「そして柴芭 師直。ヤツが、このチームのキーマンにして、絶対的エースだ」
倉崎さんが、少しだけサングラスをずらしながら言った。
「彼は、高校1年にして高度な戦術眼を持ち、独特のドリブルを得意としている」
「アイツも、ドリブラーなんスか?」
「まあ見ていれば解かるさ、紅華」
柴芭さんがディフェンスを前に、ボールを脚と脚の間に置き、つま先でチョンと触る。
「柴芭の野郎、どんな手品を見せてくれんだ?」
「相手がボールを奪いに、飛び込んだぜ!」
すると、柴芭さんは直ぐに反応して、相手の重心を置いた脚の逆側を抜き去った。
「ほう、『マシューズ・トリック』じゃねえか」
紅華さんが、ニヤリと笑う。
「何だぁ、マシュ……マシュマロ・トラックって?」
「流石にワザと間違えてんじゃねえのか、クロ」
「バカにすんな。誰がワザと、間違えるか……って、アレ?」
左サイドを突破した柴芭さんは、ゴール前にパスを入れ、それを三つ子の誰かが決めた。
「アイツ、ミドルシュートは持ってないんスか、倉崎さん」
「イヤ。コースを狙うミドルを持っているハズだが、相手のレベルを考えてか、無難なプレイに終始しているな」
「この試合じゃ、アイツの本気は見れないってコトっスね」
紅華さんは試合を見るのを中断し、女子高生たちの輪の中に消える。
「ピンク頭のヤツ、一試合勝っただけで油断し過ぎじゃね?」
片肘を付いて、表情を歪める黒浪さん。
「なあ、杜都。お前もそう……うわあ、ど、どうしたんだ!?」
ボクたちの後ろに、ブラックホールでも背負っているかの様な表情の、杜都さんが立っていた。
「倉崎指令……」
な、なんだろ。
手に、紙を持ってるケド……。
「此度は、自分の緩慢で軽率なプレイによって、部隊に多大な損害を与えてしまいました。部隊員の奮戦によって敗北は免れましたが、一歩間違えれば部隊の全滅は必至」
えっと……一体、なんの話??
「自分は、指令の創ろうとしている部隊に、身を置く資格はありません」
杜都さんが差し出した紙には、『除隊届』と書かれていた。
「ヤレヤレだ。たかが退場くらいで、辞められては困る」
「で、ですが自分は、部隊に多大なる損害を……」
「お前が抜けられると、次の試合以降も4人で戦う羽目になるんだぞ」
除隊届を破り捨てる、倉崎さん。
「次の試合はオレたち4人で勝つが、決勝の相手は4人で戦える相手では無いだろう」
「ゆ。雪峰士官」
「そーそ。次の試合はこの黒狼さまが、二人分の活躍をしてやるぜ。フットサルの小さなボールにも、慣れてきたしよ」
黒浪さんの言葉は、直ぐに現実のモノとなる。
圧巻のスピードを武器に、ハットトリックを決める黒き狼。
ボクたちは準々決勝を、4-1で勝ち上がった。
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