扇動
ボクたちは、ボクたちの教室へと向かった。
『天空教室』と自然発生的に呼ばれ始めた名称も、動画のタイトル『天空教室の少女たち』に正式採用される。
「ありゃあ。やっぱマンションの前は、マスコミ連中が凄まじい数張り付いてるっスね」
天にそびえる超高層マンションの周りを、カメラや撮影機材を持った人間が囲んでいた。
「最先端にして日本最大のストリーミング動画企業であるユークリッドが、新たに始めた動画とあっては致し方ない……か」
「問題ありませんわ。あの中を、颯爽と歩き抜ければ良いのですわ」
「待て待て、アロア。一瞬で囲まれるぞ」
「素晴らしいコトでは、ありませんか。わたくし達の名を売る、チャンスですわ」
メロエも、姉に同調する。
二人はモデルの様に一本の直線上を歩き、マスコミの群れへと向かって行ってしまう。
「アロアもメロエも、芸能界での上昇志向が凄まじいな」
「ここまで来る間にも、お二人は注目の的だったっスからね」
「確かにテミルと二人で物件に向かってたときは、誰も寄って来なかったよな」
「お互い顔が、地味っスからねェ」
とは言え、マスコミの大部隊に突っ込む勇気も無く、大通りでタクシーを拾った。
「ひょっとして、毎日タクシーを使う羽目になるのか?」
「アタシは出来れば、パシャパシャ写されたくないっス」
三つ編みお下げの少女は、隣で身を屈める。
カメラにはボクしか乗ってないように見えるタクシーは、マンションの地下駐車場へと雪崩れ込んだ。
「あ、先生もタクシー使ったんだ?」
「もの凄いコトに、なって来ちゃってるね」
金髪の双子が、別のタクシーから降りて来る。
「カトル、ルクス。キミたちもか」
「ユミアが指示くれたんだ」
「タクシー代は、請求書無くても出してくれるって」
「経費で落とす気も無いとは、流石はユークリッドっスね」
「驚くトコ、そこか?」
ボクたちは、エレベーターに乗った。
エレベーターが1階で止まると、一仕事終えた双子姉妹が乗り込んで来る。
「ま、まさかアロアとメロエ……」
「マスコミの中を、突っ切って来たんじゃ?」
金髪のボーイッシュな双子が、水色のクルクルヘアの双子に問いかける。
「マスコミ対応は、当然の仕事です。何社かのインタビューには応えましたわ」
「矢継ぎ早に質問されるので、苦労しましたわ」
ボクたちを乗せたエレベーターは、高速で天空へと向かう。
群がるマスコミの記者たちも、蟻の様に小さく縮んで行った。
「予想はしていた、コトだが……」
生徒たちに、マスコミのカメラやマイクが向けられる。
ともすればそれは、彼女たちの言動や行動が、誹謗中傷の対象になるコトを意味していた。
超高層マンションの最上階を占拠する、かつて瀬堂 癒魅亜一人の部屋だった天空教室。
今では多くの少女たちが、寝泊りしている。
「とにかく、わたしは反対です。彼女たちはまだ、中学生なのよ」
部屋の前に立つと、ユミアの声が外まで響いて来た。
「どうしたんだ、ユミア。何かあった……の……」
ボクは、言葉を詰まらせる。
彼女の前には、久慈樹社長が薄いバイオレットのスーツを着こなして、足を組んで座っていた。
「おお、キミか。良いところに来てくれた」
「何があったんです。久慈樹社長」
「それが先生。社長が彼女たちを、顔出しするって言い出したんだ」
美乃栖 多梨愛が、いきなりボクの前に割って入る。
彼女は引き締まった体躯で、相変わらず制服の下にパーカーを着ていた。
「彼女たちって……お前が助けた、テニスサークルのコたちか?」
「そうだよ。みんな社長の口車に、乗せられたんだ」
「口車とは、心外だね。彼女たちも既に納得しているし、保護者とは一人一人丁寧に対応してOKを貰ったのさ」
久慈樹 瑞葉は、不敵な笑みを浮かべボクを見た。
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