完全自動の世界
「……有難う、セノン。黒乃の形見を貰ってくれて」
「いえ、こちらこそ大切なモノをいただいちゃって……有難うですゥ♪」
そう言うと彼女は、宇宙服の中からペンダントを取り出し、ハートの髪留めを通した。
「ど、どうですか、おじいちゃん?」軽くポーズを取るセノン。
ハートの髪飾りは、ペンダントトップにしては明らかに大きく、不格好だった。
「や、やっぱ少し、大きいですかねえ?」コケティッシュに微笑む世音。
子供っぽい彼女の表情に、わずかに黒乃の面影がある気がした。
「……似合ってるよ、セノン。……とっても……似合ってる……」「……おじいちゃん……」
フォボスの小さな重力の中を、涙の粒が舞い散る。
セノンは傍らで、ボクが落ち着くまで見守ってくれていた。
「……と、ところで、セノン」「なんですかぁ? おじいちゃん」
セノンのボクに対する呼び名は、完全に『おじいちゃん』に固定化された様だ。
「……キミもボクも、日本語で話しているけよね? 日本って国はまだあるの?」
「いえいえ? とっくに滅んじゃって無いですよ?」幼い顔の少女は、サラリと行った。
「そ、そうなんだ……? 予想はしていたケド、事実になるとショックだな」
「千年も前ですからね。日本以外にも、当時の大国は全部、無くなっちゃってます」
「アメリカとかヨーロッパも? ……ロシアや中国……インドなんかもないの?」
ボクは、矢継ぎ早に質問した。
「もちろん、国土は残ってますケドね~。わたしにとっては、アッシリアやローマ帝国なんかと同じ、歴史の中の国です。大体、千年も続いた国なんて、聞いたことありませんよ?」「た、確かに……」
ボクが、氷漬けになって引き籠っている間に、世界は目まぐるしく変貌したのだと気付かされた。
「アメリカ合衆国っていう、非道な国家があったって聞いてますよ。日本との戦争でも、大勢の民間人が住む街を空爆して、当時の最強兵器だった原子爆弾を投下したんでしょ? ベトナム戦争じゃ、ゲリラの潜伏してるのをあぶり出すのに、じゅうたん爆撃や、枯葉剤を散布したり。悪行の限りを尽くした、悪の枢軸国家なんですよね?」
幼い表情でアメリカの歴史を語る少女に、背筋が凍る。
「千年後の人は、アメリカをそんな風に捉えてるのか。国家が滅び、国家権力の後ろ盾を無くし、後世の歴史家の批評に晒されると、どんな超大国でもその悪行を、隠し切れないんだろううな……」
「それに今は、『全ての国が地球の上にあった時代』じゃ無いですから」
今度の事実は、容易に想像できた。
「フォボスにまで進出してるんだから、火星には少なくとも、降りてるんだよね?」
「はい。今は火星のテラ・フォーミングの第一段階です。まだ人は外に出られませんが、海や大気も出来ていい感じに地球化してますよ」
ボクは、未来に来て初めてワクワクした。
「それにしても、セノンって、かなり色んなコトを知ってるんだね? 日本語も喋れるし……ひょっとして、優等生?」「ふえ? ゆうと……う?」
ボクの質問に、セノンはキョトンとした表情を見せた。
「あ……ああ、聞いたコトありますよ。昔は、学校で勉強してたんですよね?」
「ええ!? 今はしてないの?」「はい、するワケ無いじゃないですか?」
するとセノンは、首に付けた銀色のリングを指さす。
「そ、それは……?」ボクは、彼女の首元に釘付けになる。
「これは、『コミュニケーション・リング』と言って、色んな情報が入ってるんですよ。なので、日本語以外にも、英語、中国語、ラテン語……色々と話せるんです」
「勉強もしてないのに?」もっとも衝撃的な事実だった。
「はい、ヒエログルフやメソポタミアのくさび型文字まで、普通に話せますよ?」
少女は、平然と言ってのけた。
「つまりこの時代の人は、知識をそのリングでインプットしてるの?」
「そうですよ。言語以外にも地理や歴史、科学の情報に普通にアクセスできますよ。リングに無い情報は、外部通信でも得られるんです」
「……つ、つまり、勉強する必要なんて、無いってコト?」「はい、そうです」
「それなのに、膨大な知識を得てる? 滅んだ国の言葉まで、喋れるのか!?」
「まあ、脳みその要領に限界があるんで、その都度クリーンナップするんですケドね」
セノンは無邪気に、ニコリと笑った。
「ちなみに今は、無理に働く必要も無いですよ」「ええ、そうなの!!?」
「昔は工場で、人間が働いていたんですよね? 今はほとんどのコトは、自動化されてますから」
「そ、それって、食料生産や、輸送や、製造まで、全部ってコト?」「はい」
「ボクの時代は、自動化が進めば『人は職を失い、生きる術を失う』って、思ってたんだケド?」
「『世界が完全に自動化される』までは、大変だったみたいですね?」
セノンは、人ごとの様に、サラリと行った。
前へ | 目次 | 次へ |