拒絶
「アレが、セノンたちが通っていた人工衛星か」
火星に新たに加わった衛星ハルモニアは、真っ白な球体の美しい要塞だった。
「ボクの生まれた21世紀の人工衛星とは、スケールがまるで違う。1000年前も人類は、数多くのタワーマンションや近代的なオフィスビルをデザインしていたが、今では星そのモノをデザインしているんだな……」
均衡のとれた衛星は、『調和』の名に相応しい建築の様式美のハーモニーを奏でている。
「キレイでしょ、おじいちゃん。わたしは火星生まれですが、ハルモニア女学院ではいっぱい友達が出来ましたからね」
セノンが、栗色の髪を宙に弾ませながら言った。
「そうだな。アタシも人に可笑しなあだ名を付ける、天然少女と知り合ったぜ」
真央・ケイトハルト・マッケンジーが、セノンの肩に腕を絡める。
「もう、マケマケ。変じゃなくて可愛いあだ名だよ!」
「どこがだよ。お前、可愛いって思ってたのか!?」
呆れる真央。
「……でも、もう直ぐ戻れるかも」
「そうだね。火星開拓の歴史を知るためにフォボスに行ったのも、かなり昔に思えるよ」
フォボスのプラント事故で重傷を負った、ヴァルナとハウメア。
そんな2人も、今は無邪気に笑っていた。
「その為にも、まずは交渉を成功させないとな」
ボクは艦長の椅子に深く座り、ため息を吐き出す。
『艦長。会談の会場となるハルモニアは、完成したのは今から109年前と、かなり新しい人工天体です。フォボスとダイモスの外側を周回し、公転周期は2日と8時間。自転周期は、24時間に調整されております』
会談場所の説明を開始する、MVSクロノ・カイロスが誇る優秀なフォログラム。
「ヴェル。大きさは、どれくらいあるんだ?」
「直径40キロの球体で、現在のフォボスと同じくらいの大きさでしょうか」
ヴェルの代わりに、クーリアが答えた。
「クーリア……そう言えばフォボスも、本来の姿よりかなり大きくなったんだったね」
「はい、宇宙斗さま。メインベルトの小惑星を集めて体積を増し、軌道を修正して火星への落下を阻止したのです」
いずれ火星に、落下する軌道を描いていたフォボス。
人類は、そんなフォボスの暗い未来さえ変えていた。
「ボクも、誰にも発見されず眠り続けていたら、フォボスと運命を共にするところだったからな」
「偶々プラント事故があって、偶々落っこちたわたしが見つけちゃいましたからね。運が良かったんですよ、おじいちゃん」
「ま、プラント事故に関しちゃあ、そこのチビ共が引き起こしたんだがよ」
プリズナーが、ボクの娘たちを指さす。
「ムウッ、違わい!」
「パパを拉致りに行ったら、偶々プラント事故があっただけだよ」
「ホントなら、パパだけもっとスマートに連れ去るつもりだったのにさ」
「お前たちの目的は、ボクを艦長にするコトだったよな?」
「正確には、『時の魔女』さまの命令だケドね」
60人もの娘たちは、時の魔女によって生み出されたらしかった。
「あたしたちは、パパが欲しかったんだ」
「パパ、もっとおじいちゃんかと思ったケド、けっこう若いし」
「ハルモニアでセノンたち降ろしたら、パパとわたしたちだけだね」
「そうか……そりゃ、そうだよな」
これで、セノンたちとも別れるコトになる。
もしかしたら、二度と遭うコトは無いのかもしれない。
「しっかしお前らも、『魔女(ウィッチ)の急襲者(レイダー)』とか抜かしてるワリに、時の魔女の顔すら見てねえんだろ?」
「うっさいなあ、仕方ないじゃん」
「わたしたち、ずっとカプセルの中で寝てたんだし」
「でも時の魔女さまに、パパを連れて来いって命令されて……アレ?」
「どうやら製造時に、そう言った記憶を植え付けられたみたいね」
トゥランが、冷静に分析した。
「人を、オモチャみたいに言うなぁ!」
「まあまあ、お前たち」
ボクは可愛い娘たちを、7~8人抱きかかえる。
「この艦に最初から居た誰もが、時の魔女に遭ったコトすら無いんだよな?」
『はい。わたしはむしろ、時の魔女さまの命令を具現化した存在なのかも知れません』
ヴェルダンディは、少し憂いのある顔をした。
「この艦も時の魔女が創り、そしてボクを艦長にした」
「自分は姿さえ見せねえってのに、いけ好かねえ女だぜ」
「なあ、ヴェル」
ボクは、ふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「この艦……MVSクロノ・カイロスにボクたちが乗る前は、どこをどう航行してたんだ?」
『残念ですが、お教えできません』
「艦長である、ボクの命令であってもか?」
偉そうに、権限を誇示してみる。
『艦長が就任される以前の記録は、時の魔女さまの権限無くして、お教えするワケには行きません』
ボクに忠実だったフォログラムは、始めてボクの命令を拒絶した。
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