プラネタリウムの舟
「お、おじいちゃんが、目的ですかぁ!?」
セノンが、大きな声で叫んだ。
「お前、千年前は有名人か何かだったのか?」
そうは見えないといった表情で、プリズナーがボクを見る。
「……有名人どころか、無名人さ。ボクがいなくなったところで、世の中にはなんの影響もないよ。せいぜい両親が、哀しんだくらいさ……」
ボクは、こんな自分でも育ててくれた両親を思い出し、心が痛んだ。
「へえ。それじゃどうして、この小さな『機構人形』共は、お前を狙っているんだ?」
「さあね? 古い遺伝子サンプルでも、欲しがってるんじゃないか?」
けれども『彼女』たちは何も答えず、ボクたちせの背中に銃口を付きつける。
六十機のウィッチ・レイダーの一機が、腕のレーザーでプラントの岩盤の一部を破壊した。
「見ろよ。ト、トンネルが掘られてるぞ!」真央が言った。
崩れ落ちる岩盤の向こうから、長く続くトンネルが姿を現わす。
「やっぱ、単純に穴を掘るのは、重機型機構人形(へビー・ギアテクター)の方が優れてるわね」
トンネルは、暴走していたへビー・ギアテクターに掘らせたモノらしかった。
つまり彼らを暴走させ、操っていたのは彼女たちというコトになる。
「何をグズグズしてんのよ」「早く行きなさい」「トンネルに向かって、進むのよ」
ウィッチ・レイダーたちの命令は、どうやらボク一人に向けたものでは無かった。
「待てよ。こっちはケガ人がいるんだぞ」真央が、ケガをした二人の友人の前に立ちはだかる。
「どれどれ、見せてみなさい?」「何だ、応急処置はしてあるじゃない」
ウィッチ・レイダーたちは、意外にもケガ人のヴァルナとハウメアの容態を確認する。
「これなら、移動させるくらい問題は無いでしょ?」「それはそうだケド……その後はどうなる!?」
「つべこべ言わずに、さっさと運ぶ!」「この爆発寸前のプラントに、置き去りにしたいの?」
「わ。わかったよ」真央も折れるしかなく、ボクと二人で二人のケガ人を抱えて飛ぶ。
トンネルは、黒乃と潜った廃坑を彷彿とさせたが、巨大な重機ロボが掘った天井はかなり高かった。
「ヤレヤレ、機械人形の言いなりかよ」「それは聞き捨てなりませんね、プリズナー」
「わ、悪ィ、トゥラン。お前になら、いくら操られても構わんぜ、オレはよ」
軽口を叩く二人だったが、彼らの戦闘力をもってしても抗うことは叶わないようた。
「な、なんだアレは!?」
トンネルの先に、宇宙空間が広がる。
地球から見るよりは、僅かに小さな太陽が顔を覗かせたが、ボクが驚いたのはその前の物体だった。
「艦だ!? 巨大な艦が、停泊している!!」
無限に開けた宇宙空間に浮かんでいたのは、真っ黒な艦だった。
さらに近づくと、『黒』というのは正確な表現で無いコトが解る。
「艦の表面が鏡みたいですよ、おじいちゃん。星がいっぱい、映りこんでます!!」
「本当ですね。なんと美しい艦なのでしょう」セノンばかりか、クーリアさえも感動している。
数の星々が散りばめられた艦は、さながらプラネタリウムのようにも思えた。
「『時の魔女』さまの舟、『アダマンティア』よ」「さっさと乗りなさい」
艦は近づくにつれ、その異様なまでの大きさでボクらを圧倒する。
「間近だと、とてつもなくデケエな」「メートル法ですと、全長が約二千四百メートルになりますね」
トゥランは、ボクにも理解できる単位で、艦の大きさを示した。
「クヴァヴァさまのトコの宇宙豪華客船、『セミラミス』や、『ナキア・ザクトゥ』と同じくらいの大きさってコトですよね?」セノンが言った。
「アレは、権力者のエゴが詰まった代物だ。中には高級レストランだの、カジノだの……」
「カジノって、何を賭けるんだ?」「土地、権力、名誉……人間の場合もあるぜ?」
プリズナーから、予想の範囲の答えが返って来る。
「けっきょく人間ってのは、金から解放されたところで、何も変っちゃいないのさ」
彼の言葉は、金の存在が消えた未来でも、世界から貧富の差は無くなっていないと言っているように、聞こえた。
ボクたちは、火星の衛星・フォボスから宇宙空間へと出る。
「赤い惑星……火星……なのか?」眼下に見える、赤茶けた惑星。
太陽系の第四惑星は、ボクが図鑑などで得た知識と違い、所々に緑があり、大きな水たまりも見えた。
振り返ると、巨大な岩の塊がそこにあった。
「これがフォボス……まるで宇宙に浮かぶ、大きなジャガイモみたいだ。セノンの話じゃ、アステロイドベルトから小天体を集めて来て、元の大きさよりも大きくなってるらしいが……」
小天体に過ぎないフォボスではあったが、巨大な時の魔女の艦とくらべてもやはり大きかった。
「街が見えるな……」フォボスのクレーター部分に、小さなドームが立ち並ぶ街が見えた。
「街の名は、『スティックニー』。スティックニークレーターに作られたため、そう呼ばれてます」
クワトロテールのアーキテクターは、親切に情報を教えてくれる。
「フォボス……黒乃が眠る場所。どうしてボクが、こんなところで目覚める羽目になったのか……キミすらも想定してなかっただろう?」
束の間だけ目にした、広大な宇宙。
ボクたちは、小さな進入口から艦に入った。
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