形見
「あの……大丈夫ですか? どうして泣いてるんですかぁ?」
黒乃では無い、クワトロテールの少女は既に意識を取り戻していた。
「……ゴメン……ボ、ボクは……」それ以上言葉が続かない。
赤く泣きはらした目を、幼さの残る少女に向けることが出来なかった。
「あ……えっと、無理に話さなくていいですよ。まず、わたしの自己紹介をしますね?」
少女は、無邪気に微笑む。
「わたしは『世音(せのん)・エレノーリア・エストゥード』だよ」
世音がクルリと一回転すると、肩の辺りから分かれたクワトロ・テールが宙空に翻る。
「みんなからは、『セノン』とか、『セノノン』って呼ばれてるよ」
セノンは、体にピッタリとフィットした、白にピンク色のラインの入ったスーツを着ていた。
「『フォボス』の隣を周る、『ハルモニア』から社会見学で来ました。十六歳、女の子で~す」
どうやら、頑張ってボクを励まそうとしてくれているらしい。
「セノン……今、フォボスって言ったよね? ここは地球じゃ無いの?」「違いますよ?」
ボクは二つの事象から、想定はしていた。
一つは、廃坑とは明らかに別の場所であり、もう一つは重力が明らかに小さいと感じたからだ。
「ここは火星の三大衛星の一つ、『フォボス』だよ。わたしは同じ、『火星三大衛星』の一つの『ハルモニア』にある、『ハルモニア女学院』の生徒なんですよ」
セノンは、コケティッシュな笑みを見せた。
「……ボクは確かに、『地球のしがない街』の『忘れ去られた鉱山』で眠りに付いたんだが……?」
「そうなんですか? でも、ここは間違いなく『フォボス』ですよォ?」
「仮にここがフォボスだとしても、火星の衛星はフォボスとダイモスの二つなんじゃないのか? ハルモニアって……?」
「五百年前に、一個増えたんです」セノンはクスリと笑った。
「あなた、凍結睡眠者(コールドスリーパー)ですね? たまに見つかるんですよォ?」
「そうなのか?」(ボクや黒乃以外にも、そんなコト考えるヤツって居るんだな?)
「ところで、今は何年?」
ボクは、スマホを忘れたとき、時間を聞くくらいの軽い感覚で聞いた。
「今はUF(ユニバーサル・フロンティア)暦・531年ですよ。西暦で言えば、3019年ですね」
「ええッ! 今は……三十一世紀だって言うのか!!?」
ボクは、受け入れ難い現実を目の前に突きつけられる。
「……ボクは……千年もの間、眠っていた? 『千年も引き篭もっていた』のか?」
すると、セノンは自分の顔を、手の平で隠した。
「あい~! 驚くのは勝手ですが、こっち見ないで下さいね~見えちゃいますから! わたし、そこいらで宇宙服を探して来ますから、ここで待ってて下さい」
セノンは、しばらくすると本当に宇宙服を引っさげて、帰って来た。
彼女から宇宙服を受け取って、それを着る。その間、『世音・エレノーリア・エストゥード』はずっと、後ろを向いたまま耳たぶを真っ赤に染めて、うずくまっていた。
「宇宙服って言っても、未来の宇宙服はかなりシンプルなんだなあ?」
「それは作業用ですから、ゴツゴツしてる方ですよ? 今の宇宙服は、カジュアルライトのなんか、かなりお洒落なんですからね、おじいちゃん」「へ~そうなんだ?」
確かにセノンの宇宙服は、学校の制服っぽくて可愛く感じられた。
「……ところでセノン。おじいちゃんって?」「だって、千年も眠ってたんでしょ?」
「まあ、そうだケド」「もう千歳を超えてるって、コトじゃないですかあ?」
「ええ!? そりゃ、そうなるかも知れんが……」「身体を大切にね、おじいちゃん」
流石に年寄り扱いされるのは、どうかと思った。
「そ、そう言えばボク、まだ名乗ってなかったね?」「あっ……そうでしたぁ!」
宇宙服に着替え終えると、ボクはセノンと向き合った。
「ボクの名は、『群雲 宇宙斗』だ。二十一世紀に、二人でコールドスリープに入った。結局、未来まで辿り着けたのは、ボク一人だったケドね」
ボクは、黒乃の形見である『四つの髪飾り』を、宇宙服の胸の隙間に仕舞い込もうとした。
「えと……その髪飾り、もしかして……?」 セノンは、不安げな瞳をボクへと向ける。
ボクは『世音・エレノーリア・エストゥード』の、鋭い洞察力に驚いた。
(女の人って、そ~ゆ~ところ敏感なんだよな? 彼女も見た目子供っぽいけど、女ってことか)
「そうだね……これは彼女の遺品(モノ)だよ」
「……カプセルに入ってたとき、わたしを『黒乃』って呼びましたよね?」
「うん。フルネームは『時澤 黒乃』。キミに似た、クワトロテールの女のコだったんだ」
「黒乃はボクと一緒に、山奥の廃坑でコールドスリープに入った。このカプセルを作り、ボクを未来へと導いて来てくれたのも彼女だった。でも……」
ボクは、岩に押し潰されたカプセルを見た。
「そ、そんな! これって……ッ!?」セノンは、小さな手で小さな口を被う。
「ああ……彼女は、未来へは来れなかった」
「ゴ、ゴメンナサイ! あ、あたし……!!」
「いいんだ、セノン……」ボクは、胸に突き刺さりそうな言葉を、強引に身体の外へと吐き出す。
「状況からすると彼女が、……黒乃が死んでから、随分と時が経っているみたいだ」
「ボクらが生まれた時代から千年……彼女を知るのは、もうボク一人だけだ」
「……おじいちゃん」セノンは哀しい瞳でボクを見つめた。
「でも、これでキミにも、『時澤 黒乃』……彼女のことを知って貰えた」
ボクは手にした髪留めの中から、『ハート』の形をした髪飾りをセノンに差し出した。
「……この『髪飾り』を、貰ってくれないかな……セノン」
「は、はいッ! でも、わたしなんかで……いいんですかぁ?」
「……うん。死んだ人のなんで、無理に……なんて言えないケドね……」
「『形見』って……そう言うモノですよね。おじいちゃん」
セノンは、とてもや優しい笑顔で微笑んだ。
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