新入部員
部室入ると、なにがあったか興味深々といった表情の橋元が、待ち構えていた。
「あっ、橋元先パイ、これからお世話になるッス! 自分は下っ端なので、何なりとお申し付けくださいっす!」田城 絹絵は、ペコリとお辞儀をする。
橋元は返事もせず、渡辺の首根っこに腕を回して、部室の片隅に引っ張り込んだ。
「なっ、なっ、かなりの変った子だろ? 『設定中』って言うんだっけ? 自分や周りのコトを色々設定して、それを演じるヤツ?」
橋元は小声で呟いたのだが、彼女とは同じ部屋にいるワケで、普通なら今の会話も聞こえるハズだ。
だが田代 絹絵は、会話の内容など気にも留めていない様子で、渡辺の顔を見ていた。
(……な、なんだろ? あまり興味深げに、顔を見られ続けるのも精神的に厳しいな。ここは何時もの手で、お茶を濁すとしよう)
渡辺は、三つ並んだスチールラックから、赤茶色の肌に小さな黒い斑点の入った抹茶茶椀を選ぶと、美少女フィギュアを取り出し『何時も』のように抹茶を点てた。
「なんで女の子の人形が、入ってたっスか?」「部長。このコにまで突っ込まれちゃ、おしまいだぜ?」
橋元の指摘をスルーした渡辺は、菓子折りの箱から桜を模った和菓子を取り出し、銘々皿に乗せると、抹茶を揃えて絹絵の前に差し出した。
「わああ~キレイッス! おいしそうッス!」
絹絵は椅子に腰掛けながらも、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
セーラー服の上に着ている、薄いベージュ色をしたスクールセーターの袖から、先っぽだけ出ている小さな指で、茶碗を持ち上げる。
「……あ、思ったより熱くないッス!」
「うん。抹茶や日本茶の玉露とかは、六十度くらいで出すのが基本だからね。あんまり熱いと、風味が逃げちゃうんだ」
「ご主人サマ、素晴らしいッス! お心遣い痛み居るッス!」
絹絵はおいしそうに抹茶を飲み、和菓子を頬張った。
「ところで絹絵ちゃん。どうしてコイツは橋元先パイで、オレがご主人サマなんだい?」
渡辺がそう切りだすと、橋元が小声でチャチャを入れてきた。
(……バカかお前、そこ聞くか普通? そ~ゆ~設定ってコトで流すのが、先パイの勤めだろうが?)
いつに無く、真面目な表情で真っ当な意見を述べる橋元。だがそれは、単なる『悪戯心の好奇心』であることを、長年の付き合いから理解していた。
「ご主人サマは、命の恩人ッス! 一生付いていくッス!」
(『命の恩人』? ……『一生付いていく』? ど、どういう意味なのだろう?)
だが渡辺は、橋元が言うように『そう言う設定』なのだろうと思い直して、絹絵の前の席に座った。
「改めてだけど、絹絵ちゃん。オレは茶道部・部長の『渡辺 文貴』だ。ヨロシクね」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いしますッス!」
絹絵は、満面の笑みを浮かべて、再び深々とお辞儀をした。
「ま、短い付き合いになりそ~だケド、よ・りょ・し・く・な、シルキー」
橋元はそう言いながら、絹絵のクセッ毛の頭をクシャクシャにした。
「おい、橋元。なんなんだ、『シルキー』って?」「な、なんなんスか~!?」
「……ホ、ホラ、アレだ。絹だから、シルク……で、シルキー? オレさ、あんまし和風過ぎる名前って好きじゃないんだわ」
二人から問い詰められた橋元は、かなり照れながら答える。
渡辺も絹絵も、冷めたい目線を向けた。
「……ああ。確かお前の許嫁も、超和風な名前だったしな~?」
「か、関係ね~って、そんなの! 大体、許嫁なんて親が勝手に決めた話でよお?」
「でも、お前が生徒会長で、彼女が副会長なワケだろ? 天下の生徒会長サマも、副会長サマに頭が上がらないんじゃな~。廃部中止の要望も、聞いてもらえそうにないな」
「だから、違げ~って……」
二人で冗談っぽく言い争っていると、絹絵が突然立ち上がった。
「廃部になんてさせないッス!」
「……き、絹絵ちゃん……?」
「この田城 絹絵が入部したからには、ご主人さまの大事な茶道部を、必ず守ってみせるッス!」
絹絵は椅子の上に立ち上がって熱く叫ぶと、何故だか高笑った。
「お、なんだかシルキー、燃えてんな~? いいぞ、いいぞ~!」
「絹絵ちゃん、危ないから椅子から降りて……! そんな短いスカートで暴れたら、見えちゃうだろ。橋元も、面白がってないで、止めろォ!」
五月も終ろうとするこの日、伝統ある茶道部は『三人』となった。
無邪気にはしゃぐ絹絵の姿に、渡辺は少し表情を緩める。
「……先輩……か」部室の片隅に飾られた写真立てに目を落すと、僅かに微笑んだ。
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