ラノベブログDA王

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萌え茶道部の文貴くん。第七章・第五話

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金継ぎ

「ホンットにゴメン。オレ、なんか勘違いしてて!?」
 絹絵たちの裸を覗いてしまった渡辺は、ただひたすらに謝る。

「み、見てないから。ぜんッぜん見てないから!」
「ごご、ご主人サマぁ!」
 中から聞こえてくる絹絵の声は、恥ずかしさで震えていた。

「……ふう、若いねえ。羨ましい限りだ」
 動物病院の店主は、淹れたてのブラックコーヒーを口に運ぶ。

「やれやれ。オレも、若い者が羨ましく思える様な『オッサン』に、なっちまったか」
 コーヒーの湯気を不精髭の生えた顎に当てながら、窓の外を眺め呟いた。

「絹絵ちゃん、聞いてくれるかな?」
 再び隔てられたガラス戸に向かって、言葉を切り出す。

「迎えに来るのが遅くなってゴメン。もっと早く、ここに気付くべきだったんだ」
「……いえ、そんなッス。でも、アチシは……」

「絹絵ちゃん。キミは、オレとの約束を果たしてくれたんだよ」
「や、約束ッスか?」

「うん。絹絵ちゃんのお陰で、茶道部は廃部を免れたんだ」

「そ、そんな。それはご主人サマや、橋元先パイ、フウカとホノカたちのお陰で……」
「絹絵ちゃんのお陰でもあるだろ?」
「で、でもアチシは、何のお役に立てなかったッス!」

「そうかな?」
「そ、そうっス……」
「だって絹絵ちゃんは、落ち込んでダメな先パイの背中を、押してくれただろ?」

 渡辺はそう言うと、紫色の巾着袋に包まれた『何か』をガラス戸の前に置く。

「絹絵ちゃん。学校で……茶道部の部室でみんなが待ってるから」
 眼鏡の少年は丸眼鏡の店主に一礼をすると、店を出て行った。

 渡辺が去ってから、十分が経過する。
絹絵はガラス戸の外の様子を、そっと確認した。

「……こ、これはアチシの、抹茶茶碗ッス……」
 ガラス戸の前に置かれた、翡翠色の物を手にする絹絵。

「割れちゃったのに……くっつけて、ちゃんと元に戻ってるっス」
 大きな垂れ目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

「でもその茶碗、継ぎ目が金色で雑だよね?」
「どうせ直すんなら、もっと目立たないように直せばいいのに」
「やっぱ人間って、信用できない」

 ガラス戸の向こうの部屋から現れた、少女たちが言った。
裸を覗かれてしまったためか、申し訳程度の服は纏っている。

「『金継ぎ』か……なる程ね?」
 丸眼鏡の店主は、絹絵が手にした茶碗を見て言った。

「きんつぎ……って、なにっスか?」
 絹絵も少女たちも、首をかしげる。

「『金継ぎ』と言うのはね」
 店主は、絹絵から茶碗を受け取った。

「一端壊れてしまった茶道具を、金泥を使って継ぎ合わせるこの国の伝統技術なんだ」
「そ、そうなんスか?」

「でも直すんなら、瞬間接着剤で良くない?」
「割れ目を目立たせて、どうすんのよ」

「そう言う考えが、今の世では一般的だね。だけど……」
 店主は、古びたパイプに火をつけて燻らせた。

「外国人から見れば、単なる継ぎ目にしか見えないモノを、日本人は『美』として愉しむんだ」
 少女たちは店主の手にある、金泥で修復された茶碗を覗き込む。

「言われてみれば、割れたヒビに流し込まれた金泥が……」
「模様やデザインに、見えなくもないかも?」

「西洋アンティークの修復技法は、壊れたコトを隠す技法なんだ」
 安楽椅子に腰かけた店主の周りに、少女たちが集まって来る。

「それに対し『金継ぎ』は、『壊れたコト』さえも趣向としてしまう修復技術なのさ」

 少女の姿は消え、代わりに店主の膝や頭の上には、子猫や子犬が乗っていた。
床には一瞬だけ使用された服が、何枚も脱ぎ捨てられている。

「壊れてしまった人間関係さえも、あの少年は……」

 流れる雲を見つめる店主の傍らには、包帯を巻いた子狸の姿もあった。

 

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