マドルの思惑(おもわく)
「吾輩は、孤児院を訪れていた」
神於繰 魔恕瘤(かみおくり マドル)は、言った。
「2人目の被害者である、渡邉 佐清禍(わたなべ サキカ)さんの暮らしていた孤児院だ」
1人語りを始める、マドル。
彼女たちの舞台の演者(ロール)は、マドル、トアカ、サキカ、ハリカの4人の少女たちだけであり、内2人はすでに殺され退場していた。
「サキカちゃんって、上海で自殺した伊鵞 武瑠(いが たける)の隠し子だよな?」
「第2の遺言状で存在が明かされて、重蔵氏の遺産を受け継ぐ権利を得たんでしょ」
「でもサキカちゃん、館の風呂場で殺されちまったんだよな。可哀そうに……」
観客たちも、数多くいる登場人物の相関図を、互いに確認し合っている。
墓場セットの背景は、夕暮れ刻となっていた。
「マドルさん。こんな時刻まで、どちらに行ってらしたんですの?」
舞台に立つハリカが、心配そうに声をかける。
「調査を終え、館に戻った吾輩を出迎えのは、宿屋に残して来たハズの嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)さんだった」
状況説明をしながらため息を吐く、マドル。
「第2の殺人の被害者である、サキカさんの暮らしていた孤児院ですよ」
「まあ。わたくしも、お供したかったのに。どうして1人で、行ってしまわれたのです!?」
残念そうな顔をする、ハリカ。
「貴女の好奇心にも、困ったモノだ。吾輩は、貴女の身を案じて宿屋に残して来たのですよ。この館では、2人の少女が無残な殺され方で亡くなってます。遺産の相続権をお持ちの貴女にも、危険が及ぶ可能性が高い」
「では、マドルさんが護って下さいませ」
「吾輩には、マスターデュラハン事件を解決しないと、首が飛ぶ人が居ましてね。貴女の護衛を、しているヒマは無いのです」
「わたくしも、事件解決のお手伝いをさせてはいただけませんか?」
「残念ですが、宿に戻って下さい」
「……解りました」
表情を曇らせる、ハリカ。
「ハリカさん。貴女には十分、事件の解決にご協力いただきました。感謝しております」
「マドルさんに、そう言っていただけると光栄ですわ。どうか事件を解決し、2人の少女の無念を晴らしてあげて下さい」
何も言わず、小さく頭を下げるマドル。
ハリカは、舞台を退出した。
「良かったのか、マドル。彼女は、わざわざ旅行並みの衣装まで持って、館に押し掛けて来たんだぞ」
久しぶりに流れる、警部の声。
「彼女には、申しワケ無いと思っている。だが、彼女も容疑者から外せない現状、ああせざるを得なかったのだよ」
「ハリカさんまで、疑っているのか!?」
「現時点で、重蔵氏の遺産が転がり込むのは、彼女だからね」
「ならば、どうして最初は同行させたんだ?」
「彼女の、人となりを探るためさ。もしハリカさんがマスターデュラハンなら、何らかのボロを出す可能性があったからね。だが、彼女は真っすぐな女性だった」
「だからこの館には、置けないってコトか。ところで昨日今日と、何処ほっつき歩いてたんだ?」
「ま、色々とね」
「成果のあった、顔だな」
警部の伯父と、警部補に扮した姪の会話。
年齢も性別も違うが、気心の知れた者同士、解かり合ってるのだろう。
「それより、重蔵氏の遺産についてなんだが……」
「ああ。竹崎弁護士の話じゃ、相当な額に昇るって話だな」
「金額の話じゃないさ。重蔵氏は巨額の遺産を、本当はどうしたかったのだろう……と、思ってね」
「さあてな。オレの給料じゃ、巨額の遺産なんて夢のまた夢だからよ。金持ちの考えなんざ、まったく解らん!」
警部の声が、自信満々に豪語した。
「吾輩は、汗を洗い流して休むとするよ」
「オウ、風呂か。何なら、久しぶりに一緒に入……ジョ、冗談だよ!」
「解れば、イイんだよ。伯父さん」
マドルが、ニコリとほほ笑む。
ギィッと、ドアの閉まる音がした。
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