影の首謀者
「シャワー室を出たハリカさんは、自室に戻って睡眠薬入りの紅茶を自身も飲んだ。モチロン犯行を、マスター・デュラハン……レインコートの男の仕業に見せる為の工作さ」
「なる程な。そうなりゃ、警備の2人と自分を合わせた3人の体内から、睡眠薬が検出される。もしハリカが生きてりゃ、ハリカ自身も睡眠薬で眠らされた被害者になるって寸法か」
舞台に立つマドルは、相槌(あいずち)も打たず尚も推理を続けた。
「ハリカさんも、まさか自分が殺されるとは思って無かっただろう。だけど睡眠薬の効果で眠った彼女は、残忍な方法で殺されてしまった……」
「だったらマドル。ハリカを殺したのは、1体誰だ?」
野太い警部の声が、より1層低くなる。
「残念ながら、現段階ではまだ判らないよ。少なくとも、ハリカさんと2人の護衛が眠ったコトを、事前に知っていた人物の可能性は高いね」
「要するに、実行犯のハリカにお前を襲わせた……影の首謀者……か」
「可能性はある。モチロン警部も、影の首謀者が誰か、おおよその見当は付いているんだろ?」
「バカにすんな。ハリカは、自分が遺産を受け取るのに邪魔な、お前を排除しようとした。彼女を影で操っていた、存在となれば……」
頼りない車のエンジン音が、加速する。
墓場セットの背景が、寺の焼け落ちた跡地に切り替わった。
「嗅俱螺 藤美(かぐら ふじみ)さん。今日は、貴女に伺いたいコトがあって参りました」
いつに無く丁寧な言葉を使う、警部の声。
「どうなさったのです、警部さん。もしかして、ハリカを殺した犯人がみつかったのですか?」
中年女性の甲(かん)高い声が、ドーム会場に響いた。
「それは残念ながら……今日は、ハリカさんの実の母親である貴女に、別の要件を伺いたいのです」
今度はマドルが、問いかける。
「なんでございましょう。ハリカが殺され、義母までショックで亡くなってしまいました。マスター・デュラハンを捕まえる為であれば、捜査協力は惜しみません」
「それは有り難い。実は吾輩も、ハリカさんの殺される直前に、男たちに隠れてシャワーを浴びていた最中、黒いレインコートの人物に襲われたのです」
「ま、まあ。それは、大変でございましたね……」
中年女性の声に、動揺が入り混じる。
「オヤ、藤美さん。どうやら貴女は、吾輩が女であるコトを知っていたのですね?」
「え? ……ええ。あの子は、貴女のファンでしたから。前々から、聞かされておりましたわ」
藤美が返答を返した後、しばらく沈黙が続いた。
「あの……わたくしに用件とは、何でしょうか。あのコを無残な方法で殺し、マドルさんをも襲った犯人を、1刻も早く捕まえるのが、あなた方の役目ではありませんか?」
「吾輩を襲ったのは、ハリカさんだと我々は見ています。そして彼女に、吾輩を襲わせた影の首謀者は、藤美さん……貴女だ」
「な、なんですって!? あの子は、マスター・デュラハンに殺されたのですよ。どうして死んだあのコが、アナタを襲うコトが出来ましょうや!」
藤美の声が、激しい怒気を帯びる。
「生前……ハリカさんにとって最期の時間に、彼女は我輩を襲った。藤美さん。母親である、貴女の命令通りに。だが優しい彼女は、吾輩にとどめを刺すのを、躊躇(ためら)った」
「ふ、ふぜけるのも、いい加減にして下さいまし。どうしてわたくしが、あのコに貴女を襲わせる必要があるのです!」
「我輩の捜査が、邪魔だったからでしょう。貴女は確実に、ハリカさんに重蔵氏の遺産を、受け継がせたかった」
マドルの鋭い瞳が、観客席を見つめた。
1瞬、静まり返る会場。
「ど、何処に証拠が、あるのです。わたくしがあのコに、貴女を襲わせる命令をした証拠など、何処にも無いハズですわ!」
「でしょうな。ですが我々警察は、貴女の義母である嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)さんのご遺体を、検死に回しておりましてな」
「は、義母は、あのコの打ち捨てられた首を見て……ショックのあまり……」
「残念ですが、タミカさんの体内からも薬物が検出されたのです」
「な……ッ!?」
「致死量相当の……睡眠薬がね」
マドルは、深く眼を閉じながら言った。
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