無縁仏(むえんぼとけ)
墓場の舞台のマドルとハリカが、歩き始めた。
竹崎弁護士の事務所から、2人で別の場所へと向っているのだろう。
「あの……マドルさん。次は、何処へ行かれるのですか?」
ハリカが、遠慮がちに聞いた。
「貴女の、祖母に会うのですよ。少し、気になっているコトがありましてね」
「まあ、そうでしたの。それで、気になっているコトとは何でしょうか?」
「それは、追々。街の、宿屋に向かいましょう」
墓場の舞台の背景が、宿屋のある街の風景へと切り替わる。
「なんだ、またお前さんか。今日は、あの役立たずな警部は、一緒じゃないのかい」
ぶっきら棒な口調の、年老いた女性の声。
嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)の祖母である、嗅俱螺 蛇彌架(タミカ)のモノだった。
「お婆さま、体のお加減はよろしいのですか?」
「ああ、多少は落ち着いたよ。それで、この子まで連れて何の用だい?」
「実は先日、警察が掘り返した墓について伺いたいのです」
「掘り返したのは、そっちじゃ無いか。2人の娘の首が、出たんだろう?」
「はい。伊鵞(いが)の館で殺された、2人の少女の物と思われる頭部です。首桶に収められていた首は、伊鵞 兎愛香(いが トアカ)さんと判明しました」
「そりゃ、気の毒にねェ。あの館は、呪われているんだ。ハリカ、お前も気を付けるんだよ」
「は、はい。お婆さま」
孫娘の身を案じる、祖母の声。
「墓から出土した首については、警察の鑑識が調べております。吾輩が聞きたいのは、埋められていた首では無く、墓についてなのですよ」
「墓は、無縁仏だと言ったじゃないか。その証拠に、骨壺すら埋まって無かっただろ?」
「残念ながら、あの日は大雨となってしまい、詳しい調査は出来ませんでした」
マドルは、言った。
「お婆さま。どうして、骨壺が埋まって無いと言えるのですか?」
「そ、そりゃ、寺の管理を任されてるんだからね。知ってて、当然さ」
慌てた様子の、老婆の声。
「吾輩もあの墓に、墓の主の骨壺は埋まっていないと思っていました」
「ど、どうして、そう思われたのです!?」
「亡くなった墓の主の遺骨が、日本に帰れなかったからでしょうね」
「遺骨が帰れなかったって、どう言う……あッ!」
何かに気付いたハリカに、マドルは哀しい眼を向けた。
「……そうさ……あの墓はね。アタシの許嫁だった、伊鵞 架瑠(かける)のモンさ」
観念したように言葉を紡(つむ)ぎ始める、嗅俱螺 タミカ。
「結婚の約束を交わしたあの人は、戦争に駆り出された挙げ句、異国の地で死んじまってね。だからあの墓の下には、誰も眠っていないハズだった……」
「それなのに、2人の少女の首が埋まっていのです」
「ああ、そうさ。まったく、マスターなんとかってのは、何を考えてんだか……ゴホッ、ゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか、お婆さま!?」
慌てて老婆の背中を摩る仕草をする、ハリカ。
舞台は、暗転した。
よって、観客たちの推理タイムが始まる。
「無縁仏だって言われた墓が、まさか戦死した伊鵞の長男の墓だったとはな」
「タミカさんは、カケルさんのお墓を無縁仏と偽って、ひっそりお参りしてたのかもね」
「ハア、なんでそんなコトする必要があんだ?」
「だってタミカさんは、他の人と結婚したのよ」
「カケル氏との子だって、嗅俱螺家の子として育てられたんだから、当然だろ?」
「ああ、そうか。でも、どうしてマスターデュラハンは、カケル氏の墓に首を埋めたんだ?」
最後の観客の質問に、答える者は居なかった。
「吾輩はその日、ハリカさんに館には帰らず宿に泊まる提案をする。祖母の身体を案じたハリカさんも承諾し、吾輩もその日は宿屋にて過ごした」
墓場セットの背景が、白み始める。
早朝の、演出だろう。
「吾輩は、日の登る前に宿を出た。ハリカさんを、残して……」
マドルは、1人で舞台を歩き始めた。
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