好奇心旺盛な助手
「わたしには、あの子を殺す動機がありません!」
普段は穏やかな伊鵞 昴瑠(いが すばる)の怒声が、舞台からドーム会場へと響き渡った。
「そ、そりゃ、そうですよねェ」
警部の野太い声が、たじろいでいる。
「わたしは、遺産の相続権を放棄しております。あの子を殺したマスターデュラハンが、遺産目当ての犯行であれば、わたし以外の人物を疑うべきではありませんか!」
けれどもスバルさんの怒声は、少し遠くから聞えて来ている気がした。
「吾輩は、スバルさんの部屋のドアの前に立っていた」
見えない館の、状況を語るマドル。
「どうやら警部は、スバルさんの逆鱗に触れてしまったようだね。普段は温厚な彼女が、ここまで激昂するなんて、よほどプライドを持ってハリカさんを保護していたか……あるいは……」
マドルは、歩き始めた。
当然、スバルさんの部屋の前から立ち去ったのだろう。
「館での取り調べは、警部に任せるとしよう。吾輩は館を出て、外での調査を始めるコトにした」
マドルが歩を進める先には、青い瞳に、白い肌の可憐な少女が立っていた。
「マドルさん、お出かけですか?」
彼女は、雪のような真っ白な髪を、頭の左右から長く垂らしている。
「ええ、ハリカさん。少々、気になるコトがありましてね」
「それは、どの様な……こ、これはわたしとしたコトが、失礼致しました!」
慌てて頭を下げる、嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)。
「ハリカさんは、本当に好奇心が旺盛な方なのですね。探偵の仕事に、興味がお有りで?」
「は、はい。大いに、有りますわ」
「どうです。吾輩に、同行しませんか?」
「よ、宜しいんですの?」
真っ白な髪の先を指に巻き付けながら、マドルの顔色を伺うハリカ。
「実は、外での調査の1つは、嗅俱螺家にまつわるモノ。もう1つは、亡くなった竹崎弁護士に関連するモノなのですよ」
「それでしたら、わたしも微力ながらお役に立てるかも知れません!」
「警部の部下に、今日は外泊すると話は通してあります。同行、願えますか?」
「はい、喜んで!」
2つ返事で、快諾するハリカ。
「こうして吾輩たちは、館を離れるコトにした。彼女を同行させたのは、今のところ館でしか殺人事件が起きていなかった……と言う理由もあるね」
観客席に、ハリカを同行させた理由を述べるマドル。
「つまりはハリカちゃんを、危険な館から連れ出したかったのか」
「でも、ホントにそれだけかしら」
「探偵本人が、そう言ってんジャン。他に、どんな理由があんだよ!」
「例えば、ハリカが犯人な可能性もあるワケじゃない」
「ま、まあ、無くは無いか。でもそれだと、犯人と探偵が2人きりだぜ」
「あえて、監視下に置いたのかもよ」
観客が推理を披露し合っている間に、墓場セットが黒いシルエットとなり、舞台裏の背景が大正モダンな街並みへと変わっていた。
「まずは、竹崎弁護士の事務所を訪ねましょう。彼は生前、弁護士組合に所属していたから……」
「お知り合いの弁護士や、法律関係の方々に、なにか事件の手がかりになるようなコトを、話してらしたかも知れないんですね!」
「は、はい。話が早くて助かります」
「では、手分けして聞き込みと参りましょう」
ハリカの両手が、マドルの手を握る。
「こうして吾輩とハリカさんは、2手に別れて聞き込みを行った。別れたと言ってもそれ程大きな事務所では無く、少なくとも5分以上、吾輩にの前から彼女が消えるコトは無かった」
竹崎弁護士での様子を語る、マドル。
「マドルさん、なにか解りましたか?」
「ええ、それなりに。そっちは、どうです?」
「実は、竹崎弁護士の後輩の方が、生前に奇妙なコトを聞いたと仰っておりまして」
「いったい、何と言われてたのです?」
「はい。遺言状は全て、偽せ物だったかも知れない……と」
ハリカは、言った。
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