生前の約束
「わたしは、警部補のマドルと申します。改めて、お話を伺っても宜しいでしょうか?」
ハリカに目配せをしながら、マドルが言った。
「モチロン、構わないっスよ。竹崎先生が、あんなコトになっちまって、先生にお世話になった者はみんな、憤(いきどお)りを感じてるです。事件解決の足掛かりになるんなら、何だって聞いて下さい」
若く正義感に溢れる、勇壮な声が答える。
「竹崎弁護士には、事件の解決に大いに協力いただいておりました。警察としても、誠に申し訳なく思っております。それで、遺言状が偽せ物だったと言うのは……?」
警察の警部補を名乗る、男装のマドルが謝罪した。
「知っての通り、弁護士ってのは守秘義務があるんで、滅多なコトは口にできないし、先生はそのお手本の様な方でした。ですがあの日は、酒が入っていたのか、オレに少しだけ愚痴をこぼしたんです」
男の口調から、竹崎弁護士がいかに部下から慕われていたかが推察出来る。
「あの日と言うのは、正確にいつだか解りますか?」
「アレは、先週……先生の亡くなった日の、3日ホド前でしたかね」
若き弁護士の声が、答えた。
「先生は、酒はあまり嗜(たしな)まれないのですが、その日は弁護士界隈(かいわい)の飲み会がありまして。珍しく先生も、最後まで残ってらしたんですよ。他の連中は、はしご酒で他の居酒屋に行っちまったんですが、オレはなんとなく先生の様子が気になって」
「普段と、様子が違ったのですか?」
「ええ、何となくですがね。それで、先生に杓(しゃく)をしながら、話しかけてみたんですよ」
ボクの脳裏に、徳利(とっくり)を持った若き弁護士が、竹崎弁護士に杓をする姿が思い浮かんだ。
「鬼頭くん。わたしはもしかすると、殺人の片棒を担がされているのかも知れない」
竹崎弁護士の声が、巨大なドーム会場に流れる。
もちろん、それは生前の声であり、回想シーンを解かりやすくする為の演出だった。
「え! それは今、担当されてる例の館の……」
「出来れば、酒の席のコトと聞き流して欲しい。こんなコトを言うのは、弁護士としては失格だからね」
「え、ええ、解りました。明日には、キレイさっぱり忘れるコトにしますよ」
「フフ……そうしてくれると助かるよ」
マジメな印象だった竹崎弁護士の声も、少し酔いが回っているように聞こえる。
「わたしの預かった遺言状のせいで、2人の少女の命が失われてしまった。あの遺言状は、本当に重蔵氏の遺したモノだったのだろうか……」
「……と、言いますと?」
若き弁護士が、お猪口(ちょこ)に酒を注いでいる姿が思い浮かんだ。
「遺言状はかつて、すでに手を動かすコトも困難だった重蔵氏が、最初に殺されてしまったトアカさんに代筆を頼んで書かれたモノでね。わたしも、ほか2人の弁護士と遺言状を預かったが、内容自体を確認したワケじゃないのだよ」
「それじゃあ先生は、遺言状がすり替えられたとでも!?」
「遺言状は、弁護士協会が預かっている。そんなコトは、あってはならないんだ!」
声を荒げる、生前の竹崎弁護士。
「す、すまんな、鬼頭くん。今日は、呑み過ぎたようだ」
「い、いえ。誰だって、そんな日もありますって」
「すまないが鬼頭くん。今日の話は……」
「大丈夫ですて。オレの記憶力の無さは、先生が1番ご存じでしょう?」
「ハハ、そうだったな……」
それを最後に、2人の師弟弁護士による会話は終わる。
「先生との約束を、破るハメになっちまったが、それも事件を解決する為なんだ。先生には、あの世で再会したときに謝って置くんで、頼みますぜ、お巡りさん!」
「我々警察に、お任せください。必ず事件を、解決して見せますよ」
若き警部補は、快諾する。
けれども、その約束も果たされるコトは無かった。
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