オンボロ車の事故
「言われて見りゃあ、カケル氏が親である重蔵氏に、隠し子の存在を明かす必要は無いよな?」
真新しいドーム会場に集った、観客の誰かが言った。
「男って、ホンット無責任よね。でも確かに、あえて言う必要は無いわね」
「だ、だろ。オレだったら、絶対に秘密にするぜ」
「確かにアンタなら、絶対に秘密にしそう。覚えて置くわ」
観客の1組みのカップルは、修羅場を迎える。
「竹崎弁護士の日記は、このページが最後です。本来であれば、次の日記が存在するハズなのですが」
舞台のマドルが、言った。
「先生は、日記をカバンに入れて持ち歩かれていたからな。最新の日記は、先生のご自宅か……あるいは……」
若き鬼頭弁護士の言葉が、尻すぼみになる。
「もはやこの世には、存在しないのかも知れない」
マドルは、日記が竹崎弁護士と共に、火災によって消失したコトを遠巻きに告げた。
「また、なにか見つかったら連絡するぜ。気になるコトが出来たら、いつでも寄ってくんな」
「ご協力、感謝いたします。今度こそ、朗報を持って訪れられると良いのですが」
「ああ。期待してるぜ。先生の仇であるマスターデュラハンを、なんとしてもとっ捕まえてくれや」
勢いの戻った鬼頭弁護士の声と共に、舞台が闇にフェードアウトする。
「吾輩は、館へと戻って警部に尋ねた。重蔵氏の部屋の、置時計を前にね」
墓場の舞台の奥に建つガラスの塔が、クラシカルな振り子時計のデザインへと変化した。
「これが、2通目の見つかった時計だ。お前が来る前、オレと竹崎弁護士、ほかに部下が何人か立ち会って、時計を調査したんだ」
「それで文字盤の裏に、埃まみれの封筒に入った、2通目の遺言状を発見した……と?」
腕を組んだマドルが、声だけの警部に問いかける。
「ああ。封筒の形状も、1通目とまったく同じだったし、ロウで封がされていてな。竹崎弁護士も、本物と判断したから間違いないだろ?」
「竹崎弁護士は生前、遺言状が偽物かも知れないと疑っていたんだ」
「疑うっつったって、竹崎弁護士は刑事でも無けりゃあ、警官でも無いんだぜ。素人の、単なる思い込みじゃ無いのか?」
「素人であっても、頭の良い人はたくさん居るんだよ。どこぞの警部よりも、優秀な人がね」
「うっせ。で、館に戻って来たのは……」
「時計の内部の確認と、2通の遺言状だ。時計の内部には、特段怪しいモノは無かった」
「遺言状の方を、見たいってか。ま、オレが責任者なワケだしな。証拠として、署の方で厳重に保管されてるから、着いて来な」
墓場の舞台に、自動車の破裂しそうなエンジン音が響く。
「そう言えばこのオンボロ車で、事件のあらましを聞いたのが最初だったね」
「オンボロは、無ェだろ。コイツとは、長い付き合いなんだ」
ドーム会場に、頼りない車の走行音が鳴り続いた。
「時計に、仕掛けは無かったのかよ。てっきり、仕掛けがあるのかと思ったぜ」
「文字盤の裏に遺言状を貼るだけなら、誰にでも出来そうだからね」
「なるホド。大そうな仕掛けなんて、要らねェか」
観客たちが考えをまとめていると、『キーッ!』っと言うブレーキ音が鳴る。
「うわッ、危ないじゃないか!」
「ス、スマンな。この辺りは、カーブが急でよ」
「警部と警部補が、事故だなんて洒落にならないよ」
「だ、だから、悪かったって」
「ホラ、警官が近づいて来るじゃないか」
マドルが、現場の様子を解説した。
「ちょっとイイですかね。この辺りは、事故が多発しているんです。気を付けて貰わないと、困りますよ」
「ああ、悪かった。実は、こう言うモンでよ」
「け、警察の、関係者でありましたか。失礼致しましたッ!」
組織の上役を前に慌てる、中年男性の警官の声。
「この辺りは、事故が多いのですか?」
「え、ええ。直線の道路が延々と続いた後に、急なカーブですからね。十数年前には、大きな事故があって人が亡くなっているんです」
「十数年前……事故? もしかして、亡くなったのは?」
「ええ。この先にある、立派な館の娘さん夫妻ですよ」
マドルに問われた、警官が答えた。
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