あるサッカー界の新星の迷い2
「突然、こんな話をして済まない。オレの場合、意外と即断即決でな」
夕焼けのオレンジも、スミレ色に染まり始めた夕刻。
サッカー界の新星が、ボクに言った。
確かに倉崎さんって、ケッコウ後先考えないで決めるよな。
デッドエンド・ボーイズの、立ち上げのときもそうだったし。
まあ決断力のないボクからすると、羨(うらや)ましい限りだケド。
「実はさっき、セルディオス監督と喫茶店で話し合ってな。デッドエンド・ボーイズも、早急にチーム体制を整えねばならん時期に来ていると言われたよ。オレ自身も、同じ考えではあったんだが」
……それは、そうだろう。
リーグ戦も始まっちゃってるし、むしろ遅い気もする。
「オレは、海外移籍のオファーを受けようと思う。オレの価値をもっとも高く評価してくれたのが、オランダのアムステルダムにあるチームだ」
アムステルダム……有名なアムステルダムのチームって言えば、オランダのスター選手を多く生み出したチームだケド、アムステルダムなら他にもたくさんチームがありそうだよな。
「Zeリーグの新人の契約金は、チーム財政を考慮し低く設定されているが、オランダであればかなりの契約金が手に入る。オレはその金を、デッドエンド・ボーイズに注ぎ込むつもりだ」
オランダ人は、ビジネスライクな国民性だと聞く。
会社の経営って、ボクにはよく判らないケド、何をするにしてもお金が必要だろうしなァ。
「で、でで、デッドエンド・ボー……せ……成功するとは……限ら……」
慣れて来たとは言え、言葉が出て来ない。
「解ってるさ、一馬。でもサッカーだって、いきなり得点を量産できるワケでも無ければ、ドリブルで屈強なディフェンダーを抜けるワケじゃない。トライ&エラーを繰り返しながら試行錯誤し、上手くなって行くモンだろ?」
「……ウッ、うん」
ボクは、大きく頷(うなず)いた。
やっぱ、倉崎さんてスゴイ!
やって見なくちゃ、何が悪いのかも見えて来ない。
倉崎さんは、まずはやってみて、問題が出たら対処する考えなんだ。
「オレは、デッドエンド・ボーイズのオーナーだが、海外に移籍すればオーナーが不在となる。そこでチームオーナーの代理を、海馬コーチに打診して見たよ」
「ええッ!?」
思わず、大きな叫び声を上げてしまうボク。
海馬コーチに、失礼だろうと反省した。
「流石に、保留されたがな。海馬コーチが受けてくれなくとも、新たなオーナー代理を探すつもりだ」
辺りは、すっかり夜の帳(とばり)が降り、街灯の周りに羽虫が群がって飛んでいる。
「だ、だケド……かか、海馬コーチは……」
「ああ。デッドエンド・ボーイズの、たった1人のキーパーだ」
倉崎さんは、それ以上は何も言わなかった。
けれども、言わなくたって意図は解かる。
「ボ……ボクが……新しいキーパーを……」
「お前に頼めるか、一馬?」
「は、はいッ!」
ボクは、即決していた。
「今日は、遅くに呼び出して悪かったな」
ベンチから立ち上がり、大通りの方へと歩き始めるサッカー界の新星。
ボクも直ぐに、後を追った。
「控えのキーパーとして、出来れば2人は確保したいところだが、まずは1人だ。任せたぞ、一馬」
倉崎さんの指令を受けたボクは、覚悟を決める。
お辞儀をして、家に帰った。
「フフッ、ヤコブ。アイツは、お前に似てるだろ……」
夜空を見上げる、サッカー界の新星。
「お前のピックアップした選手を、アイツはたくさん連れて来てくれたんだ。今度だって、きっと期待に応えてくれるさ」
初夏の夜空には、夏の星座たちが輝き始めていた。
「優柔不断なこのオレが、お前とアイツのお陰で、プロサッカーチームを立ち上げ運営するなんて大それたコトを、成功させられそうな んだ」
サッカー界の新星は、先に天に昇ってしまった弟に語りかけながら、家路に就いた。
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