裏切りの戦争
クレ・ア島を取り囲むように移動する艦隊が、島に向かって砲撃を続けている。
「思ったより、順調に進んでいるじゃない」
海洋に浮かんだ大型の戦艦に乗った、女性が言った。
彼女は、クセのある黒髪を頭の後ろでまとめ、ルージュの口紅に、紫色のアイシャドーでネコのような目を彩(いろど)っている。
豊満な胸を僅かに隠す白のコートに、茶色い軍靴と手袋、左の腰にはサーベルを挿していた。
「蒼い海龍みたいな魔物が現れて、巨大な竜巻が島を襲ったのかと思えば、1瞬で消え去るし。アタシらの予想して無い何かが、起きてるのかしら?」
「その様ですね、メリィ・ディアー。どうやら我々の他にも、ラビ・リンス帝国を滅ぼそうと考える者が居るのかも知れません」
赤茶色の長い髪をした、長身の男が答える。
日焼けした肌の男は、銀色の刺繍の入った蒼いロングコートに、白いズボン、黒い手袋と軍靴と言った出で立ちだ。
腰に巻いたベルトの左右に、2挺の銃を下げている。
「イアン・ソーン。アンタはアタシなんかと違って、ミノ・リス王の寵愛を受けてたのよね。大海の7将の1人であるアンタが、どうして王を裏切る気になったの?」
「簡単なコトですよ。ラビ・リンス帝国は、余りに多くの敵を造り過ぎた。それにわたしの祖父が、コリン・ティアの出身でしてね。キミと、同郷なのですよ」
「ホント、大した理由には思えないわね」
メリィは、呆れた顔をした。
「キミは、どうなのです?」
「アタシ? アタシは、もっと単純よ」
メリィーは、舟の舳先(へさき)に突き出たバウスプリットを歩き始める。
「アタシの親父は、ミノ・リス王側近の3大商人なんて言われたケドね。王の度重なる戦争の資金を捻出させられた挙げ句に、破産しちまってさ。今も島の酒場で、呑んだくれてるだろうよ」
「このまま砲撃を続けて、構わないのですか?」
「構わないわ。砲弾が命中して死んじまっても、親父は自分が死んだコトすら気付かないかもね」
バウスプリットの上で、クルリと振り返って微笑むメリィ。
「ならば、結構。我々は秘密裏に計画を進め、今日始めて互いの心の内を明かした。わたしも、王を討つ覚悟を決めよう」
「ええ。計画は、きっと上手く行くわ」
向き合った2人は、互いに見つめ合う。
「我が、アル・ゴゥースが艦砲を、島の高台にある砦に向け1斉掃射。他艦も連動して、軍事施設を早急に潰すのだ」
イアン・ソーンが、艦に乗船していた部下たちに指示を下す。
アル・ゴゥースを旗艦とする艦隊が、激しい砲撃を始めると、他の艦隊も連動して砲火を増した。
クレ・ア島の街では、砲弾が着弾し家屋が破壊され、大勢の人たちが逃げ惑っている。
火砲は、島の海岸沿いに点在する港町を、火の海に沈めて行った。
「フフッ、見たか。これが戦争だ。お前は戦争を止めると言ったが、たかが小僧が戦争を止めるようなどと、思い上がるな!」
砲火の及ばない丘の上の闘技場で、レオ・ミーダスが舞人に斬りかかる。
「戦争を止めるのが、なんで行けないんだ。この島の人たちだって、戦争を認めてる人ばかりじゃない。話し合って解決する道だって……」
「お前に言われずとも、すでに話し合いは終わっている。クレ・ア島の人間も、今回の計画に大勢が加担しているのだからな」
重力を無視したレオ・ミーダスの大暗刻剣(マハー・カーラ)が、舞人を追い詰めた。
「な、なんだって!?」
「いくら戦災孤児と言えど、お前のような平和な国で、ヌクヌクと暮らしていたガキには解るまい」
黒の剣撃が、舞人を吹き飛ばす。
「戦争ってのは、親だろうが兄弟だろうが、敵となれば殺し合う」
「そ、そんなコトが……なんで人間同士がッ!?」
「もう1度、言ってやる。これが……戦争だ」
レオ・ミーダスは、鷹のような鋭い眼光を舞人に向けた。
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