マーズの野望
土星最大の衛星であるタイタンに到着したボクは、サターンさんから太陽系の情勢を探る。
「この土星に、マーズが艦隊を派兵すると言うのは本当ですか?」
ボクは、土星圏を統括するサターンさんの執務室の、ソファーに座っていた。
「残念ながら、本当のコトだよ。どうやら彼は、本気で太陽系を手に入れる気だ」
荘厳な机の向こうで、サターンさんが答える。
「土星にも、戦力はあるんじゃ無いのですか?」
ボクは、より詳細な状況を把握する目的で聞いた。
「タイタンにも、土星圏の主力艦隊が駐留はしているが、火星の艦隊とは規模がまるで違う。それに戦艦というより、どちらかと言えば探査船に近い性質の艦が殆(ほとん)どでね」
「宇宙斗艦長。火星圏や木星圏と違い、土星圏は未開拓の衛星やラグランジュポイントも多いのです。現地調査の目的で創られた艦は、戦闘には不向きでしてね」
紅茶を飲みながら、土星圏の状況を説明してくれるメルクリウスさん。
「木星圏は、どうなったのです?」
「木星圏を統括するユピテルは、マーズに屈しました」
「……え?」
「木星圏は、イーピゲネイアの叛乱によって多大なダメージを負ってます。特に木星圏を代表する2つの軍事企業が、壊滅的な被害を受けている状態では、致し方ないでしょう」
「グリーク・インフレイム社と、トロイア・クラッシック社ですか……」
2社が崩壊する姿を、ボクは間近で見て来た。
2つの軍事企業が造った艦艇の多くは、ボク自身の艦隊に組み込まれてしまっている。
「皮肉な話だな、艦長よ。マーズの野郎は、イーピゲネイアの叛乱で弱体化した木星圏を、いとも簡単に手中に収めたってワケだ」
美宇宙を伴って、プリズナーが執務室に入って来た。
「本当に、厄介なコトになりましたよ。グリーク・インフレイム社と、トロイア・クラッシック社、2つの軍事国家の兵器工場が、マーズの手に堕ちたのです。これからは、火星のマルステクター社の生産ラインだけでは無く、2社のラインでもマーズの艦隊が生産されるコトになります」
メルクリウスさんが、ティーカップをソーサーの上に乗せながら、ため息を付く。
「ところでアポロさんとは、連絡は取れていないのですか?」
「連絡をして出るようでは、マーズにも簡単に居場所が知られてしまいますからね」
「そうですか……」
メルクリウスさんは、明確な否定はしなかった。
「そんでよ、優男。火星に派兵される艦隊は、誰が指揮を執るんだ?」
「レムスが、指揮官のようです。副官として、ユピテルが付くらしいですが」
「戦争の神のご子息が、直々に指揮を執るって言うのかよ。まあ、マーズは戦争の神っつっても、負けっ放しの神だがな」
「それは、ギリシャ神話のアレスの話でしょう。確かにアレスは、アテナとの戦争を始め多くの戦いに敗れてます。けれども、アレスと同じ神格と言われるローマ神話のマーズは、そんなに弱い神ではありませんよ」
メルクリウスさんの言う通り、ギリシャ神話のアレスと、ローマ神話のマルス、マーズとでは扱いがかなり違う。
他の神の扱いがそこまで変わらないのに対し、マーズの扱いはかなり良いモノに変更されていた。
「それでさ、けっきょくのところはどうすんの?」
無事に入港を許可された、美宇宙が質問する。
「どうするって、オメェ……」
「火星圏に、帰ろう」
プリズナーの言葉を遮りながら、ボクは言った。
「やはり、そうなりますか」
「はい。ここに居たところで、ボクにはゼーレシオンしか戦力はありません」
サターンさんに、自身の考えを示すボク。
「解りました。ですが、宇宙斗艦長の乗って来た戦艦プロセルピナは、オーバーホールを終え冥王星圏へと還るコトとなります」
「こんな状況で恐縮ですが、船を提供してはいただけませんか?」
「解りました。宇宙斗艦長には、ご自身の艦に戻り、艦隊を率いていただいた方が、わたしとしても助かります。船を、ご用意致しましょう」
サターンさんは、快(こころよ)く同意してくれた。
ボクとプリズナー、それに美宇宙は、提供された小さな宇宙船で火星圏へと向かった。
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