シャワー室の襲撃
「館で吾輩は、警部の伯父と同室の客間だった」
広いドーム会場に、『シャー』っと水の流れ落ちる音がする。
「泊まり込みの警官の部屋と違い、シャワーだけは備えてあってね。男を演じていた吾輩は、捜査の忙しさを理由に、いつも深夜にシャワーを浴びていたのだよ」
それは、マドルがシャワーを浴びる、演出の効果音(SE)だった。
「男を演じるのも、骨が折れるね。さらしを巻いた胸は苦しいし、何より彼らの吸う煙草が厄介だよ」
暗い舞台に、曇りガラスでボヤけた、マドルの身体のシルエットだけが浮かび上がる。
「オオオッ! 摺(す)りガラスの向こうで、マドルちゃんがシャワー浴びてる!?」
「もう! なに考えてんのよ。そんなワケ無いでしょ!」
観客席で、男性客が隣の女性客にホッペをつねられていた。
「さて……マスターデュラハンの正体も、おぼろげながら見えて来た。恐らく犯人は……」
マドルの推理を阻むように、『ギィ』っとドアが啼(な)く。
「誰だい、警部殿かな? 悪ふざけは、止して……」
探偵少女の声に、不安が纏(まと)わり付いた。
墓場セットの背後にそびえるガラスの塔が、曇りガラスの映像へと差し変わる。
それは、シャワー室内からマドルが見ている映像だった。
ガラスの塔の曇りガラスには、巨大な人型のシルエットが浮かんでいる。
「キャアァァーーーーッ!」
悲鳴を上げる、マドル。
「うわァ! なんだ、アレ!?」
「黒くて大きな、人の影って……ま、まさか!」
「黒いレインコートの、人物!?」
湯気で白くなった曇りガラス越しに見ても、影は人としては大柄で、明らかに黒かった。
「け、警部、そこに居ないのか!?」
警部の助けを求めて、悲鳴を上げたマドルだったが、助けが来る様子は無い。
「け、警部さん。どうして助けに来ないのよ!」
「も、もしかして、マスターデュラハンに殺さてちゃってるんじゃ!」
「み、見ろよ。大きな影が、何か振り上げてるぞ!」
まるでホラー映画でも見ているかの如く、舞台に釘付けになる観客たち。
ガラスの塔に映った大きな影が、何かを振り降ろした。
「イヤアァーーッ!!」
ガラスの塔の曇りガラスが、ひび割れ砕ける。
同時に舞台セットのシャワー室のガラスも、上の方が砕け散った。
「……うッ……ああ……グッ」
曇りガラスの向こうから射していたいた照明が消え、真っ暗になった舞台にマドルの苦しそうな声だけが流れる。
「マ、マドルちゃんが、マスターデュラハンに殺されちまう!?」
「警部は、なにやってんだよ!」
「他の警察官でもイイから、来てやれって!」
映画館ではなくドーム会場と言うコトもあって、感情を声に出す観客たち。
やがてマドルの声は聞えなくなり、ガラスの塔には割れた曇りガラスだけが、ほんの微(かす)かに映っていた。
「マ、マドルちゃん、殺されちゃったのかな?」
「そりゃ、そうだろ。最初に、死んだって言ってたじゃん」
「そう言うメタ発言は、しないで!」
舞台の冒頭で、マドルたち4人の少女は殺され死んだと、マドル自身から説明がされている。
「ヤレヤレ。事件を解決するべき探偵が殺され、これで事件は迷宮入りってコトか?」
久慈樹社長が言った。
「それは……どうでしょうか」
ボクは舞台袖(そで)から、ガラスの塔を見上げる。
「オ……だいじょ……マド……」
ドーム会場に、男の声が小さなボリュームで流れ始めた。
「クソッ、オレが付いていながら……マドル、お前を!」
それはやがて、本来の野太い声に変化する。
「や……やあ、警部……じゃないか。やっと、来てくれたのだね」
マドルの声が、答えた。
「すまねェ……お前をこんな目に遭わせちまって!」
「ン……ああ。吾輩は、脚をケガしているのか」
「誰に、やられた?」
「黒いレインコートの……ゴホッ、ゴホッ。吾輩は、首を絞められて……」
「やはり、マスターデュラハンか。オレの部屋で殺人未遂とは、舐めたマネしてくれやがる!」
「警部……今、何時だい?」
「あ、ああ。夜中の、2時ってところか」
「2時間って、ところか。犯人は、まだ遠くへは行っていないハズだよ……」
「解ってる。直ぐに、追っ手をかけるぜ!」
警部の声が、大声を張り上げた。
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