容疑者たちへの聞き取り
「メイド長が対応した、黒いレインコートの人物の行方は、警察も捜査はしたが一向に解らなかった」
マドルが、ステッキをクルクルと回しながら言った。
「その後、吾輩も警部補とやらの立場を利用して、聞き取り調査をしてみたのだがね。メイドや使用人たちからは、さしたる情報は得られなかったのだよ」
「ようするに、メイドや使用人は犯人じゃないってコトか?」
「ミステリーやサスペンスの、暗黙の了解ってヤツね」
ドームに集った観客たちも、演出の意図に理解を示している。
「う~む。マスターデュラハンの手がかりも、一向に掴めんな」
マドルの伯父である警部の、野太い声が言った。
「そうだね。吾輩の方でも聞き取りをしてみたケド、使用人やメイドからは大した情報も得られなかったよ。そこで、もっと犯人の可能性の高い人物たちにも、聞き込みを行って見たいのだが?」
「まあ、そうなるわな。今回の事件は、伊鵞(いが) 重蔵の遺産を相続する権利を得た少女2人が、相次いで殺されたんだからよ。遺産目当ての犯行だってのはオレらも目星は付けてるし、使用人やメイドの犯行って節は薄いと睨んでたんだ」
「それは吾輩も、解っていたよ。つまり重蔵の子供や孫たちは、気位の高い気難しい人物たちと言うコトになるね」
「貴族のプライドって、ヤツかねえ。オレも散々苦労させられたんだが、お前もやってみるとイイ」
ギィっと、扉の開く音が鳴る。
「脂ぎった頭をボリボリと掻きつつも、伯父は容疑者たちを館のエントランスへと集めてくれた」
セットは墓場のままだったが、重蔵の子供や孫の声が騒々しく聞えた。
「なんですか、まったく。聞き取りはもう、何度目になるかは判っていらっしゃいますか?」
「まあまあ、落ち着いて。オレの部下のコイツは、推理に定評のある男ですね」
「お手数をお掛けしてしまい、申し訳ありません。貴女が、伊鵞 椿姫(つばき)夫人ですね?」
マドルが、丁寧な会釈をする。
「そうですわ。今回の殺人事件については、警部さんたちから散々、根掘り葉掘り聞かれましたわ。確かに夫は、事業が上手く行っていませんコトよ。ですが遺産目当てに殺人を犯すだなんて、そんな恐ろしい……」
年齢の行った女性の声が、ドーム会場に響いた。
「彼女は、伊鵞 重蔵の次男の妻で、伊鵞 椿姫(つばき)夫人だぜ。元は財閥のご令嬢で、次男の武瑠(たける)氏とは、親同士の決めた財閥同士の政略結婚で結ばれたそうだ」
「聊(いささ)か失礼な物言いをする、警部だね。聞き取りが難航しているのも、理解できるよ」
「だが、マドル。彼女に関しては、第1の殺人も第2の殺人にも居合せているんだぜ。我々としても捜査をせざるを得ないコトは、ご理解いただきたい」
「マッ! まだわたくし達を、疑っていらっしゃるのですか」
「はい。もし重蔵氏の遺言状が存在しなければ、椿姫(つばき)夫人。重蔵氏の次男である貴女の夫が、遺産を受け継ぐ最も優先された地位にあるのですからね」
警部の、高圧的な声が言った。
「捜査に、決め付けは禁物だよ。今のところ、何の証拠も無いのだろう?」
「そ、そりゃそうだケドよ」
「まずは、状況を整理してみようじゃないか。第1の殺人のあったのは、重蔵氏の第1の遺言状の開封された日の、夜のコトでしたね?」
「……え、ええ。そうですわ。わたくしの夫は、遺言状の存在など露知らず、遺言状があると聞いて慌てて館を訪れたのです。わたくしも、急いで同行しましたわ」
「その時、2人の娘さんはどちらに?」
マドルが、聞いた。
「家に残して来たに、決まっているでしょう。メイドや執事たちが、証言しておりますわ」
夫人の答えを聞いたマドルが、チラっと上を見える。
「ああ、裏は取れてるぜ。長女の刹姫(さつき)さんも、次女の捺姫(なつき)さんも、家人に聞き周ったが家に居たそうだ」
「家人たちの、証言ですか……」
「何が言いたいのです。まさかわたくし達が、使用人の口止めをしているとでも?」
「いいえ。あくまで可能性として、考えられなくは無いと言うだけです」
マドルの聞き取り調査が、幕を開けた。
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