黒いレインコートの人物
「メイド長の、証言によるとね。謎の誰かが訪ねて来たのは、通いのメイドたちが自宅へと帰り、時計の針が12時を周ろうとする直前だった」
第2の殺人事件があった夜の、出来事を語り始めるマドル。
ステージ裏にそびえるガラスの塔が、振り子時計のデザインへと切り替わる。
「外は先ほど述べた通り土砂降りの雷雨で、館の住人たちも食事を終えて、自室で眠りに就こうとしていた。メイド長が、暖炉の片づけをチェックいていた頃、突如として玄関の呼び鈴が鳴る」
墓場のセットには雨音が響き、稲光が走ると数秒後には雷鳴が轟(とどろ)いた。
少しして、呼び鈴らしき音も鳴った。
「メイド長は、こんな時間に誰が訪ねて来たのだろうと疑問に思いつつも、玄関の扉を開けた。そこには、真っ黒なレインコートを着た、大柄な人物が立ってそうだよ」
固唾(かたづ)を呑んでマドルの話に聞き入る、観客たち。
ガラスの塔の振り子時計の、長い方の針があと5目盛りで、天辺(てっぺん)を指そうとしていた。
「メイド長は当然、その人物に素性を訪ねたそうだぜ」
マドルの伯父であろう警部の、野太い声が再び会場に響く。
「だろうね。それで、どんな返答を得たのかな?」
「返事は、無かったそうだ。謎の人物は何も言わず、館の玄関で立ちつくしていたのさ」
「声を発さなかった……つまり男性か女性かも、定かではないと?」
「ああ、そうだ。黒いレインコートを着ていて大柄ではあるから、男の可能性が高くはあるんだがな」
「はっきりと、しないね」
「メイド長ってのが、小柄な女性でな。彼女から見れば……」
「大柄に感じる女性も、大勢居るってコトか」
会話の先回りをする、マドル。
「時刻は真夜中の12時付近で、天候も雷雨だった。やはりレインコートの人物の、顔を確認するコトは出来なかったのだね?」
「残念ながらな。それに逆光だったらしく、フードの中は真っ暗だったそうだ」
事件翌日の会話を再現する、マドルと彼女の伯父との会話は、観客たちに新たなヒントを与える。
「黒いレインコートの、謎の人物か。やっぱソイツが、犯人(マスターデュラハン)なんじゃね?」
「そうよね。重蔵の次男や3男が、変装している可能性もあるわ」
「海外に出張してる次男の、アリバイ作りって線も濃厚だな」
「でも、黒いレインコートなんて、誰だって買えるぜ」
「中身は女ってコトだって、十分にあり得るわね」
「重蔵の長女や、次男の妻や娘って可能性もあるってワケだ」
ある程度の間を置き、ドームに集った観客たちに推理する時間を与えるマドル。
「メイド長は最初、レインコートの人物を警察関係者だと思ったらしくてな」
「警備が手薄になっていたとは言え、館にも警察は配置されていたのだから、当然の反応だね」
「だがよ。黒いレインコートの人物は、何も話さないまま数分が経過したそうだ。流石に、訝(いぶか)しんだメイド長が、もう1度声をかけようとした時に偶然、大きな雷鳴が轟き館のエントランスにあった振り子時計が鳴ったそうだ」
「なるホド……時計の針が、12時を指し示したと」
ボーン、ボーンと低く荘厳(そうごん)な音が、12回鳴り響く。
「メイド長は1瞬、振り子時計のあるエントランスを振り返ったそうだ。彼女が、再び振り返ると……」
「レインコートの人物の姿が、消えていた……?」
「ご名答だよ、マドル。レインコートの人物は、消えちまってな。だが玄関には、レインコートから滴(したた)った水で出来た、水溜りがあったそうだ」
館の殺人事件の、現場責任者だった警部と、警部補に扮し男装したマドルとの会話。
「キミは、どう思う。レインコートの人物が、サキカくんを殺した犯人か?」
舞台裏で見守っていた久慈樹社長が、聞いて来た。
「どうでしょうか。メイド長を、玄関に引き付けて置きたかった可能性もあります」
ボクは、社長が満足しそうな推理を言った。
前へ | 目次 | 次へ |