掘り返される墓
「伊鵞 武瑠(いが たける)氏の首吊り事件の、調査報告を受けた当日の夕方。伊鵞 絮瑠(わたる)氏の亡くなった山から、伊鵞 朱雀(いが すざく)さんが館へと帰って来た」
墓暴きまでの4日間の、人の出入りの続きを説明するマドル。
「彼女は帰って来るなり、宛(あて)がわれた自分の部屋に引き籠ってしまってね。結局は墓暴き当日になっても、姿を現わさなかったんだ」
「事件報告と同日ってコトは、4日間のウチの3日目だよね?」
「こうなると、朱雀さんも怪しく感じるぜ」
「でも幼馴染みの夫が、亡くなったんだよ。そりゃ、落ち込むって」
ドームに集った観客たちも、男女や年齢などの違いによって、様々な反応を示していた。
「タケル氏の妻である 椿姫(つばき)夫人は、吾輩たちがタケル氏の死を知らせた翌日に、上海に飛んでいた。2人の娘たちは館に残ったままだったが、心ここに在らずと言った感じで、当然墓暴きにも立ち会わなかったよ」
「そりゃ父親が借金を残したまま、首を吊ったんじゃな」
「会社の資金繰りが酷かったタケルが、妻や娘の財産まで使い込んだのよね」
「相続権はもう無いんだから、娘たちが犯人の可能性はやっぱ低いと思う」
マドル自身の感想と同じく、観客たちも、タケル氏の遺族が犯人である可能性は低いと判断していた。
「そして、いよいよ墓暴きの日が訪れる。指揮は警部が執り、寺側の責任者として嗅俱螺 藤美(かぐら ふじみ)さんが立ってくれた」
墓場の舞台の背景が、焼け落ちた寺へと切り替わる。
「墓暴きの現場に立ち会ってくれたのは、他にハリカさんだけだった。伊鵞家と嗅俱螺家、別々の歴史を歩んで来たのだから、当然と言えば当然なのだがね」
マドルの言った通り、伊鵞家と嗅俱螺家の接点は、伊鵞 重蔵の長男である架瑠(かける)氏と、嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)さんが婚約関係にあったコトくらいだった。
それもカケル氏は戦争に駆り出されて亡くなり、タミカさんはお腹にカケル氏との子を身籠ったまま、他の男と結婚してしまっている。
その事実は、長年に渡って隠ぺいされ続けた。
「では、早速始めさせていただきますよ」
警部の声が、言った。
「そうだね、警部。早くしないと、ひと雨来そうだ」
舞台で、ドームの天井を見上げるマドル。
そこには、本当に薄っすらと黒い雲がかかっていた。
「では、お前たち。墓を暴く前に、地面の柔らかそうな場所を探すんだ」
「金属の棒が、ある程度の範囲で沈み込む場所を見つけて下さい」
マドルが、警部の指示を捕捉する。
「オイ、マドル。本当に2人の少女の首が、出て来るんだろうな。もし何も出なかったら……」
「警部のクビが、飛ぶだろうね。マスターデュラハンの、面目躍如(やくじょ)ってヤツさ」
「人事だと思って、お前!」
「吾輩だって、探偵さ。なんの成果も得られなかったら、吾輩が雇ってあげるよ」
マドルは、墓場のセットを歩き始める。
「墓暴きは、金属の長い棒を持った、10名ホドの警察官を動員して行なわれた。15分くらい経った頃、1人の警察官が声を上げたのだよ」
「警部、見つけました。この墓の前辺りが、広く地面が緩(ゆる)んでます」
「本当か。早速その場所を、掘り返すんだ!」
現場責任者の警部が、声を荒げる。
「まあ、待ちたまえよ。ここは、墓地だと言うコトを忘れて無いかい?」
「そんなコトは、お前に言われずとも……ああッ!」
「誰かが死に、死者が埋められるのが墓地さ。まずはこの墓に、近く誰か亡くなって埋められて無いか、確認する必要があるね」
「はい、マドルさんの仰る通りです。ココは近くの檀家さんのお墓で、先月お婆さんが亡くなって弔われました。その時は、わたしも手伝いとして立ち会っております」
舞台に立つ、ハリカが言った。
「ヤレヤレ、こりゃ先が思いやられるな……」
ため息を付く、警部の声。
「気長に、行くしか無いね」
肩を竦(すく)める、マドル。
「あ、有りました、警部。この墓の前が、掘り返されたようにぬかるんでおります!」
「キサマ、早とちりをするな!」
「イヤ、警部。あの墓は、墓石が黒ずみ苔(こけ)まで生えている。文字すら、かすれて読めない」
「そ、それじゃあ……」
「はい。あのお墓は、わたしが生まれた頃には無縁仏でした。掘り返すコトなど……」
ハリカが、言った。
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