姉小路 魅角(あねがこうじ ミカド)
「良きアイデアだと、思うんだがね。エウクレイデス女学院の候補者名簿を見るうちに、黄道12宮に関係しそうな名前を見つけたのさ」
自慢げに語り始める、久慈樹社長。
「親が自分の娘に、生まれた星座に関する名前を授けるコトも、無くはないだろう。とは言え、12宮全員を揃えられたのは幸運だったよ」
確かに、かなり低い確率に思えた。
「本来であれば、卯月、花月、由利の3人を始めとした72人の冥府のアイドルたちも、天空教室に入る候補ではあったのだがね。名前の問題で、外すことになったんだ」
「確かに、幸運だったわ。偶然とは言え、わたしにとってはかけがえのないクラスメイトだもの。そこだけは、お礼を言わなくちゃね」
珍しく久慈樹社長を褒める、いて座(サジタリアス)を象徴とする少女。
「そうだな。偶然でも、星座っぽい名前で良かったよ」
「ウンウン。アタシもそう思う」
おうし座と、しし座の少女もユミアの意見に賛同する。
「逆に、候補ではあったのに落選したわたし達は、天使から堕落した堕天使ってところかしら」
黒と青紫の衣装を着た、少女が言った。
「アンタ、誰よ?」
白と黄金の衣装のユミアが、応戦する。
天使と堕天使が、天空と地上のステージで睨み合う。
「わたしは、ルシファーを象徴とする、姉小路 魅角(あねがこうじ ミカド)よ」
ミカドは、薄い紫の長い髪で、ドリル状のもみ上げを左右に垂らしていた。
頭の左右から大きな角を生やし、黒と銀色の小さな王冠(クラウン)を被っている。
「ユークリッドの創業者の妹である貴女は、そうやって上から目線でわたし達を見降していた。ずっと手に入れたかった、バーチャルアイドルなんてポジションも、貴女は易々と手にしてしまったモノね」
ミカドの背中の、12枚の黒い羽が開いた。
「だから、わたしはアンタなんか、知らないって……」
「彼女はね、ユミア。ユークリッドが巨大になる上で吸収合併した、ネットアイドルのプロデュースを手掛ける会社に所属していた、バーチャルアイドルの1人なんだ」
久慈樹社長が、ユミアの機先を制す。
「え、吸収合併って……彼女たちは、どうなったの?」
「全員、解雇したよ。ボクたちが欲しかったのは、あくまでアイドルプロデュースやステージ運営のノウハウだったからね」
「そう……あの時、わたし達はいきなり会社を乗っ取られ、全員がアイドルの夢を絶たれた」
ルシファーを象徴する少女は、久慈樹社長に鋭い眼光を飛ばした。
「キミらの会社の経営者が、無能だったのさ。合法的な企業買収に、なんの対応もしていなかったのだからね。甘いんだよ」
ニヒルな笑みを浮かべる、久慈樹 瑞葉。
「お陰で彼は、首を吊って自殺したわ。それまで小さいながらも、順調に行っていた会社だったのにね」
胸にかけた、銀のロケットを握りしめるミカド。
「キミとキミの会社の社長は、そう言う関係だったのか?」
「違う……少なくとも彼は、そうは見ていなかった」
「つまりキミの方は、彼に気があったんだな?」
社長の言葉に、ミカドの眼光がさらに鋭くなる。
「確かに彼も、ボクや倉崎と並んでネット時代の寵児ともてはやされた、若き経営者だったからね。キミのような小娘が、夢中になるのもムリ無かろう」
「久慈樹 瑞葉、アンタってヤツは!」
天空から、ユミアの怒りの声が木霊した。
「彼は確かに、企業を育てるコトに関しては優秀な経営者だった。だけどボクとしては、誰かの育てた企業を買収した方が、手っ取り早かったのでね。一応、ユークリッドで働いてみないかと誘ったりもしたが、答えはノーだったよ」
「サイテーね、アンタってヤツは。どうしてそこまで、冷酷になれるの?」
「それが、企業経営と言うモノさ。ユークリッドは、そうやって大きくなったんだ」
久慈樹社長は、天使のように微笑んだ。
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