オーナーへの答え
「まずは、オレたちのボールからだ。一馬、予定通りに行くぞ」
背番号10の青いビブスを着た、ロランさんが言った。
「……はい」
なんの背番号もない青いビブスのボクは、小さな声でコクリと頷(うなず)く。
『ピーーーーーッ!』
ホイッスルが鳴り響き、30分ハーフの試合が始まった。
センターサークルでボクは、ロランさんにボールを蹴り出す。
そして、試合前に指示されていた通りに、フォワードのポジションである前線へと走った。
「なるホド。あの影武者を、フォワードに使うつもりか」
ベンチでボクたちの出方を伺う、壬帝オーナー。
「サンキューな、一馬。オレの我がままに付き合わせちまって、本当にすまないと思っている」
ボールを受け取ったロランさんが、華麗なドリブルを開始した。
やっぱ、エトワールアンフィニーの10番を任されてるだけあって、メチャクチャ上手い。
相手のフォワードや中盤のプレスを、軽々とかわしちゃった。
「やはり、控えのフォワードや中盤では、お前は止められんか。だが、そこから先は、ウチのレギュラークラスが待ち構えている。たとえお前とて、一筋縄では行かんぞ」
ベンチの壬帝オーナーの言葉なんて聞えるハズも無かったが、今まさにロランさんの前に、アルマさんが立ちはだかっていた。
「ロラン、ボクもキミやキミの姉さんの想いには、賛同する。だけどこれは、サッカーの試合だ。手を抜くコトは、出来ない」
ロランさんやオリビさんにとって、優しい兄貴分のアルマさん。
壬帝オーナーから、ロランさんに替わってチームキャプテンに指名されていた。
責任感の強さは伝わって来たし、手を抜けないのも仕方ないのかも知れない。
「もちろんですよ、アルマさん。こっちこそ、迷惑をかけまくって申しワケなく思ってます」
ロランさんが右脚で、ボールを大きく刈り込むように内側に持って行き、突破を図る。
アルマさんも瞬時に身体を右に寄せ、ドリブルのコースを切った。
「ですがオレも、サッカーの試合で手を抜くなんて出来ない。このオレを、簡単に止められるとは思わないで下さいよ」
ボクは知らなかったケド、名古屋では倉崎さんともやり合った、ロランさん。
「なッ、しま……!?」
今度は、右脚のアウトでボールを右側に出し、アルマさんの左を抜き切った。
「C'est un beau dribble(イイ、ドリブルだ)」
ヴィラールさんが、フランス語で呟く。
白いビブスのバックラインは、エトワールアンフィニーのバックラインをそのまま切り取って持ってきたモノで、レギュラークラスが顔を揃えていた。
「フランスのトップリーグで、レギュラークラスだったアナタたち。さて、オレのドリブルでどこまで斬り込めるか」
言葉とは裏腹に、迷いなくドリブルで斬り込むロランさん。
「ヤレヤレ、ここは通さんぞ」
「エースと言っても、まだ若いね」
センターバックでリベロの、ヴィラールさんとヴァンドームさんが立ちはだかった。
「まずはオレが行く。ヴィラール、フォローを頼む」
ヴァンドームさんが最終ラインから前に出て、ロランさんに接近する。
「よし、一馬!」
ヴァンドームさんを自分に引き付け、ギリギリでボクにパスを出すロランさん。
ボクはペナルティエリアに入ったくらいで、足元にボールを受けた。
2人しか居ないセンターバックが縦に並んでいるから、シュートコースがガラ空きだ。
「マズい、間に合わないね!」
ヴィラールさんが、必死に距離を詰めて来る。
「遅い……」
ボクはヴィラールさんの居ない左側に向けて、シュートを撃った。
「ヴォーバン!」
ヴィラールさんが、信頼するキーパーの名前を叫ぶ。
「Laisse le moi(任せな)!」
フランスのトップリーグのチームで、正ゴールキーパーを務めたコトもあるドミニク・ヴォーバンさんが、横っ飛びに跳んでボールに触れた。
アレを止めるなんて……完全に、決まったと思ったのに。
落ち込むボクの、左側に転がるボール。
反応が遅れ、先に触られてしまう。
「オラ、これが答えだ、壬帝オーナー!」
ボールに反応したのは、野性的な体躯のイヴァンさんだった。
筋肉で覆われた脚が、強烈にボールをインパクトする。
圧倒的な威力のシュートが、相手ゴールの右サイドネットに突き刺さった。
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