アイドル教師の困惑
半年前のボクが行きつけだったラーメン屋の、ブラウン管に無理やりデジタル放送を出力したテレビで見た、アイドル教師が目の前に居る。
「その姿も、かなり見慣れて来たな」
ボクは、少し煽(あお)るように言った。
兄である倉崎 世叛が死んでから、アイドル教師の姿になるコトも少なかった、ユミア。
「うっさい。だいたい先生がだらしないから、こんなコトに……」
最近、姿を見せる頻度が増えたコトに、手ごたえを感じていた。
「今は、言い争っている時間も惜しい。2人を、観てやってくれるか?」
久慈樹社長から、教師を続ける契約条件として提示された、2つのオーダー。
1つは生徒たちの学力を、一定の水準に高めるコト。
「だ、だからわたしは、メリーみたいに目の前の生徒に教えるなんて、やったコトがないのよ」
「やってみたコトがないだけで、やれないとも限らないだろう?」
もう1つはアイドル教師ユミアの、笑顔を取り戻すコトだった。
「そ、それはそうかもだケド」
「……」
ボクは、ユミアの背後の2人の少女に、目配せをする。
「ねえ、ユミア先生。アタシ、解らんないところがあるんだ!」
「わたしもなのですゥ、ユミア先生!」
レノンとアリスが、アイドル教師の手を取った。
「チョ、チョット。だからわたしは、メリーみたく上手に教えられるワケじゃ……」
「タブン、大丈夫だよ」
「一回、試してみるのですゥ」
「え、ええ!?」
アワアワした顔のユミアが、天空教室の机の方に引っ張られて行く。
「サンキューな、レノン、アリス」
ボクは、3人に聞こえない声で感謝した。
「さて、ボクの方も頑張らなくちゃな」
教室で手持ち無沙汰にしている、テニスサークルの7人の少女たち。
「アステ、メルリ、エレト、マイヤ、タユカ、カラノ、アルキ、集まってくれ」
ボクは、7人を教壇付近の席に集める。
右横をチラリと見ると、レアラ先生とピオラ先生が、カトルとルクスの勉強を観てくれている。
後ろの方では、ユミア先生がぎこちないながらも、レノンとアリスを観てくれていた。
「当たり前ではあるが、お前たちも学力や得意科目、苦手科目にバラつきがあるな。今回の模擬試験で、それぞれの解らない部分もある程度しぼり出せた……」
ボクは、7人の少女を前に話を始めたが、彼女たちは一様に浮かない顔をしている。
「どうしたんだ、お前たち。心ここに有らずな、顔をしているが?」
「そ、それが、先生。お姉様が、昨日から帰って来なくて……」
想像通り、最初に口を開いたのは、リーダー格のアステだった。
「お姉様って、タリアのコトだよな?」
「はい……外泊の許可は、出されていたみたいなんですが」
「だったら、そんなに問題じゃないんじゃないか。自宅に、戻っただけかも知れないし」
美乃栖 多梨愛(みのす たりあ)の自宅というのは、風紀の悪い地区のアパートの1室である。
叔父さんと住んでいたが、折り合いは悪い様子だった。
「せ、先生は、例の噂を知らないんですか……?」
メルリが緊張しながら、ボクに質問を投げかけて来る。
「襟田 凶輔(えりだ きょうすけ)の、コトか」
ボクは、地下鉄の中吊り広告の記事を、思い浮かべた。
「そうだよ、知ってんじゃん」
「ボクたち、それを心配してんの!」
エレトとマイヤが、怒っている。
「どう言うコトだ。タリアと襟田に、なにかあったのか?」
「お姉様、ソイツに呼び出されたかもなんだよ」
「確証はございませんが、お姉様は真剣な顔でスマホを見ておいででした」
タユカと、カラノが言った。
「どうやらお前たちの間で、推理は進められているようだな」
「だって相手は、あの狂暴な男だよ。アチシたち、心配なんだ」
鼻にかかった声で、詰め寄って来るアルキ。
「ヤレヤレ……コトが解決するまでは、勉強どころじゃ無さそうだな」
ボクは、ため息を吐き出した。
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