女性の感性
「な、なにをそんなに、怒ってるんだ。そこまで怒る話でも、無いだろう?」
ボクは翡翠色の髪のユミアを、なだめるように言った。
「べ、別に怒ってなんか、無いわよ!」
「そ、そうか……」
確実に怒っていたように見えたが、気のせいらしい。
「それよりタリアのコトなんだケド、わたしもチョット心配してるのよ」
「ユミアもか。実を言うとな、ボクもなんだよ」
アイドル教師の姿のユミアに、ボクは考えを話す決心をした。
「でも、あのコたちの前じゃ、気にしてない様子だったじゃない」
「アステたちは、まだ中学生の年代だ。暴走しそうで、危なっかしかったからな」
「なるホド……ね」
落ち着きを取り戻す、ユミア。
透明ガラスの貼られたゴンドラから見える地上の景色が、ゆっくりと近づいて来る。
「実は今朝の出勤途中の地下鉄で、タリアらしき女のコが袴田 凶輔(はかまだ きょうすけ)らしき男と、喋っているのを見かけてな」
「タブン本物のタリアだよ。先生は、助けなかったの?」
「残念ながら、満員電車の中でかなり距離があったんだ。ターミナル駅に着いて客が一斉に降りて行った後にはもう、2人の姿は無かったよ」
「タリアはまだ、戻ってないのよ。あの事件が起きてから、外泊なんて無かったのに……」
あの事件とは、袴田 凶輔率いる少年グループを、タリアが1人で叩きのめした傷害事件のコトだ。
タリアは、少年グループに卑猥な嫌がらせを受けていたアステたち7人を助けるために拳を振るい、警察署に拘留されていた。
「ボクが警察まで出向いた、あの日以来ってコトか。でも外泊届けなら、出てるんだろ?」
「タリアはそれを、事前に袴田 凶輔に伝えていたんじゃないかしら」
「どうして、そう思うんだい?」
「な、なんとなくよ」
「なんとなく……か」
「またバカにして。どうして男の人って、理屈を大事にするのかしら!」
再びアイドル教師が、顔を真っ赤に染めて怒っている。
「バカになんて、してないさ。女性の感性は、男じゃ見抜けないモノを観てるって、昔読んだ推理小説に書いてあったよ。ただそれを、理論立てて話せないだけだってね」
「へえ、ちゃんとした推理小説もあるのね」
「世に出てる推理小説は、だいたいがちゃんとしてると思うんだが……」
話をしながらガラス窓の外を観ると、地上が間近に迫って来ていた。
「お互いにこのまま、外に出るワケにも行かないだろう」
「そうね。でもこのエレベーター、このまま地下駐車場に行くんでしょ?」
「1階で誰も乗り込んで来なければ、そうなるな」
ボクがそう言うと、ゴンドラは素直に1階を素通りする。
「ラッキーね。この時間帯だと、1階から地下に降りる人も少ないのが功を奏したわ」
「功を奏したって……まさかタリアを探しに行く気じゃないだろうな?」
ゴンドラが地下駐車場に降り立つまで、答える時間くらいはあったのにユミアは無視した。
「まずは変装ね。エンジェルトリックブラシで黒髪にするから、先生もテキトーに着替えて来て」
翡翠色のアイドル教師は、地下駐車場にあった女子トイレに駆けて行く。
「大したモノは、持ってないぞ」
「ここに来るときにしていた変装で、十分じゃない。先生って、影薄いし」
気にしていたコトなので、けっこうグサッと来た。
「ずいぶんと、上手く化けるモノだな」
男子トイレで変装を済ませて、しばらく立っていると、目の前に黒髪ストレートの少女が現れる。
ユミアは白い大人びたブラウスに、ベージュのズボンを穿いていた。
「さ、行きましょ」
「行くって、どこへ。当てずっぽうで探したところで、見つかりはしないぞ?」
「当たり前のコトを、言わないで。アイツが開発した、コレを使うのよ」
黒髪ストレートの少女は、右手に持ったスマホを揺らす。
「スマホで、タリアの居場所が解かるのか?」
「ユークリッター……アイツが開発したアプリなら、それが可能なのよ」
デジタル音痴なボクには、ユミアの言葉が理解できなかった。
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