変えられない世界
「もう1度、聞くぜ。アンタ、独裁者にならねェか?」
再び同じ質問を投げかけて来る、プリズナー。
ボクは直ぐには、口を開けなかった。
……どうしてだかは、わからない。
まさか独裁者に、心惹かれるモノでもあったワケでもあるまいに。
「どうした。まんざらでも無いって、顔をしてるぜ?」
「そ、そんなハズは、無いだろう!」
ボクはソファから、勢いよく立ち上がった。
「大体、ボク1人が独裁者になるって言ったところで、誰も耳を傾けやしないだろう。今の地球には、なんの後ろ盾もないのだから」
「後ろ盾なら、あるじゃねェか。火星艦隊すら寄せ付けなかった、最強の艦隊がよ」
「ボクは独裁者になる気はないし、武力で人々を服従させようとも思わない」
「けっきょくアンタ、面倒なコトから逃げたいだけだろ」
「確かに、それが1番かな。ボクは、面倒事が嫌いなんだ」
1000年の昔から、ずっと変わらないボクの性格。
「布団の中に丸まって、アニメを観ていたときに思ったコトがあった。今、外の世界はどうなっているんだろう……と」
「そん時、アンタはどうしたんだ?」
「一瞬で、どうでも良くなったさ。ボクがなにかを思ったところで、変えられない世界なんてどうだっていい。とやかく考えたところで、時間の無駄と思ったからね」
「つまりアンタは、世界を変えたかったんじゃねェか」
プリズナーが、背中から銃を取り出して、ボクの額に突き付けた。
「なんのマネだ……」
冷たい銃口の金属管が、額の皮膚から伝わって来る。
「オレは、アンタを独裁者にするコトにした。命令に、従ってもらうぜ」
黒鉄色の引き金に、指をかけるプリズナー。
「なんども、言わせるな。ボクは独裁者になる気なんざ無ェよ!」
ボクの瞳がプリズナーの瞳と、真っ向から向き合った。
巨大イルカの腹の中にあるリビングルームに、長い緊張の時間が続く。
セノンや真央たちも、恐怖からか口を出せないでいた。
「プリズナー……それそろアナタの生まれ故郷の、アメリカよ」
トゥランが、静寂を撃ち破る。
「ケッ……あんな国、とっくに滅んでんだろうが」
「確かに今は、巨大企業国家『トラロック・ヌアルピリ』が支配しているものね」
トゥランの相棒のアーキテクターは、新たな企業国家の名前を出した。
「メヒコ(メキシコ)野郎の国なんざ、アメリカから追っ払ってやりたいところだがな」
「その前に、ソイツを退けろよ、プリズナー」
アフォロ・ヴェーナーの出す、不気味な駆動音が艦内に反響して聞こえる。
銃口が、ゆっくりとボクの額から離れて行った。
「……まあ、いいさ」
アッシュブロンドの男は、ニヤリと笑うと銃を背中のフォルダーに隠す。
「お、おじいちゃん……誰ですか?」
「誰って、ボクはボクだよ」
ボクを見たセノンは、酷く怯えていた。
「宇宙斗艦長。独裁者になるかは知らないけれど、今後の方針くらいは示して欲しいモノね」
「方針もなにも、ボクは地球の情勢すらほとんど知らないんだが……」
「そうだったわね。まずは現在向かっている、北米大陸の説明をするわ」
リビングルームのモニターに、世界地図が表示され、北米大陸がクローズアップされる。
「ずいぶんと、解けてしまっているな」
「海面上昇と、核攻撃の影響でね。東海岸や西海岸の都市なんかは、ほぼ壊滅状態よ」
「なるホドな。国力が弱ったところを、さっき名前が出た企業に突かれたのか」
「ええ、そうよ。トラロック・ヌアルピリは、中米に興った医薬品企業で、22世紀にかけて巨大企業にのし上がって行ったわ」
「医薬品企業が、聞いて呆れる。なにを売りさばいてデカくなったか、想像に任せるぜ」
想像するまでもなく、麻薬やその原料なのは明白だった。
その後、ボクはトゥランから北米大陸を中心とした、地球の情勢をレクチャーされる。
退屈な授業も、自分たちのこれからがかかっているとなると、真剣にならざるを得なかった。
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