ゴシップ好き少女
出勤時の地下鉄で見かけた、襟田 凶輔らしき男と、美乃栖 多梨愛(みのす たりあ)らしき少女。
満員の車内で距離もあったから、本当に2人だったのかは解らない。
けれども7人の少女たちの主張とも相まって、にわかに真実味を帯びて来た。
「ところで、お前たち。タリアが襟田 凶輔(えりだ きょうすけ)に呼び出されたという証拠は、なにかあるのか?」
ボクは、基本的なコトを聞いてみた。
「で、ですから、真剣な顔でスマホを……」
カラノが、丁寧な口調で答える。
「でも、メールの内容までは解らないんだろ?」
「メールではなくSNSだと思われますが、確かに内容までは解りません」
「誰にだって、難しい顔をしてスマホを眺めるときはある。それだけを理由に、タリアと襟田 凶輔が会ってるとは、断定はできないだろ?」
「そ、それは……そうですが」
ボクの言葉に反論できず、項垂(うなだ)れるカラノ。
少し大人びてはいるが、まだ中学生と言ってしまえばそれまでだ。
「……とは言え、もっともタリアに近いのも、お前たちだ。その意見を軽んじるのも、間違っている。ボクの方でも、気を付けてみるよ」
ボクはあえて、地下鉄で2人を見かけたコトを話さなかった。
話せば、更なるウワサが一人歩きして混乱を招く恐れがあったし、まずは勉強に集中して欲しいと思ったからだ。
「それじゃあお前たち、勉強を始めるぞ。まずはそれぞれに、わかって無さそうな部分をテキストにして置いた。各自、目を通してみてくれ」
ボクがプリントを配り始めると、アステたち7人の少女は表面上は納得して、プリントを受け取る。
それでも表情は冴えず、どこか不安を抱えたまま、ボクは臨時の授業を進めた。
1人1人に重要と思われる部分を説明すると、ある程度は理解してくれる。
「解らないところがあれば、いつでも質問してくれ。あと、復習も忘れずにな。お互いに、解らないところを教え合うのも、有効な手段だぞ。アウトプットは、記憶を定着させるのに有効だからな」
ボクは、普段よりは短めに授業を切り上げた。
午後からも普通に授業はあったし、生徒の集中力に限界があるのも知っている。
ボクは、教壇を後にした。
「ところでタリアのコトなんだが、他に情報は無いか。ボクも地下鉄の中で、彼女が載ってる雑誌の広告を見つけたんだが……」
玄関のところで靴を履きながら、教室の中の生徒の、誰とは無しに聞く。
すると一瞬で、7人の少女が全員集まって来た。
「それでしたら、任せて下さい。雑誌の内容は、かなり詳しく読んでますから!」
アステの瞳が、授業中とは対照的に輝いている。
その情熱を教科書に向けてくれよと思いつつ、ボクは5種類くらいの週刊誌の内容を、しっかりとレクチャーされた。
7人の話を総合すると、どうやら2人が密会しているのは事実らしい。
「なるホド。そこまでの記事が出回っているのか……」
日本のゴシップ週刊誌を非難する人もいるが、パパラッチが横行する海外のゴシップ誌と比べれば、まだマシな方だ。
事実無根の記事を書ける向こうとは違って、ある程度は真実に基づかねばならない日本のゴシップ記者。
「1度タリアと、真剣に向き合ってみる必要がありそうだな……」
そのコトが、返ってボクを不安にさせた。
教室を出たボクは、最上階のエレベーターホールに向かう。
透明なガラスの貼られたゴンドラに乗り込んで、扉を閉めようとすると、翡翠色の髪の数学教師が乗り込んで来た。
「どうしたんだ、ユミア。そんなに慌てて」
普段からの運動不足が祟(たた)ったのか、息を切らしているユミア。
直ぐには、答えられないでいる。
「なんだか最初に会った時を、思い出すな」
ボクは、間を繋ぐつもりで言った。
「あの時は、電車で不良に絡まれているキミを見つけて、思わず手を引っ張ったんだよな」
平凡にも思えるが、思えば劇的な出会いだったのかも知れない。
「……な、なんで、いきなりその話になんのよ!!」
目の前のアイドル教師は、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。
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