時間の壁
クララが放った一言は、天空教室を震撼させる。
「ねえ、先生と過ごせる時間が、あと僅かってどう言うコト?」
レノンが、心配そうに問いかけて来た。
「もしかして、テストの結果が悪かったら、先生は居なくなっちゃうですか!?」
アリスも、不安そうな顔をボクに向ける。
「その通りだよ。久慈樹社長との、契約だからな」
ボクは、流石に落ち込んでいたし、何より生徒と別れるのは寂しかった。
「あんな契約、破棄しちゃえば良いのよ!」
栗色の髪の少女の声が、教室に響く。
「大体先生とは、わたしが家庭教師として契約を結んだのよ。それをアイツが、後から難癖を付けて条件を付け足しただけじゃない!」
ユミアの言う通り、ボクは最初、彼女の出した家庭教師の求人に応募してここに来た。
「そうも行かないさ。あの場で直ぐに断っているならともかく、ボクはその条件で了承したんだ。コトここに及んでじゃ、聞く耳を持たれないだろう」
「先生。その条件って、わたし達が一定以上の学力を見に付けるコト……よね?」
メリーが言った。
「そうだ」
短く答える、ボク。
「契約を打ち切られたら、先生居なくなっちゃうんでしょ?」
「そんなの、ぜったいイヤなのですゥ!」
レノンとアリスが、メリーの方を見る。
「どうやら、ヤル気はあるようね。解ったわ。わたしがまた、勉強を見てあげる」
「やったぜ!」
「メリー先生の、復活なのですゥ」
八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)は当初、ボクのアナログ時代の古典的な授業に反発していた。
けれども彼女は心を入れ替え、教師まで志す。
それだけでもボクは、教師になって良かったと思えていた。
「そんなに都合よく、行くのかしら。メリー、貴女はアイドルなのでしょう?」
再びクララが、釘を刺す。
「それは……でも、合間に勉強を教えるくらいは……」
勉強を教える難しさを知る、メリー。
一長一短に覚えれるモノでは無いコトは、彼女自身が解っているハズだろう。
「で、ですがメリーさん。ライブはまだ、初日が終わったに過ぎないのですわ」
「来週には4日間のライブが、予定されているのですわよ」
アロアとメロエの、ゴージャス双子姉妹が反論する。
「アロア、メロエ、アンタたちはそれでイイの。先生が、居なくなっちゃうのよ」
「ユミア、何を優先するか決めるのは、本人次第だよ。アロアとメロエは、ずっと芸能界で成功するコトを目指して来たんだ。ボクに、それを邪魔する権利は無いよ」
「で、でも、このクラス全員の成績を良くしなきゃ、先生はこの天空教室に居られなくなるのよ!」
「解っている。でも、それはボクのエゴだ。ボクのエゴで、キミたちの未来を台無しには出来ない」
「ちょ、ちょい待つッス。計画的に時間を割って、頑張って勉強すればきっとなんとかなるっスよ」
テミルが、不動産屋らしい提案をした。
「アイドルとして活動し、その合間に勉強をしても残念だがあまり身には付かないさ」
「先生が、そんな弱気でどうするんです」
教会の牧師見習いであるエリアが、ボクを窘(たしな)める。
「そうだよ、まだ時間があるんだから!」
「ボクだって、心臓の病気を克服できたんだ。先生だって、頑張んなきゃ!」
カトルとルクスも、励ましてくれた。
「世の中には、頑張って出来るコトと、そうで無いコトはあるのよ」
クララは尚も、反対の意見を述べる。
「なんだよ、クララ。さっきから!」
「勉強くらい、頑張れば誰でもできますよ!」
今度は、タリアとアステが反論した。
「確かにそうね。でも、時間があればの話よ。例えば頑張れば、100メートルを10秒台で走れるかも知れない。でも、来週走れるようになるかと言えば……」
「無理な話だと、思う……」
クララの意見は、奇しくもボクが出した結論と同じだった。
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